172話 意識体



「つながった……?」


 まだヒックヒックしながら、尋ねる。


 何の話だろう。


 ご主人はやわらかい布で俺の顔を拭きながら、うれしそうな表情になった。



「初めてお前を見た時、今にも壊れそうだったんだよ、お前の意識……いや『意識体』かな、今の言葉で言うと」

「意識体?」


 魂、のようなものかな。



「ご主人には、見えるんですか」

「まあな。見えるつーか……わかる?そんなかんじだ。俺以外にも『わかる』やつは結構いると思う。年寄りなんかは特に」

「あ……長老」


 ナクレ村の長老。あの人にも見えて……いや『わかって』たのかも。頭をこねこねしながら、まだ出来てないとか何とか言ってた。


 いい形だって言われたけど、あれ頭の形じゃなくて『意識体』とかいうやつの形のことだったのかな。



「意識体は、こう、人によっていろんな形をしてる。基本は球形だ。……お前のそれは、つぎはぎで、今にも崩れそうだった。平気な顔してるのが不思議だったよ。子供のうちは不安定なものだが、アウルはそんなものじゃなかった」

「そうだったんですか」

「一度壊れて、また組み直したみたいな不安定な状態だった。このまま普通に契約魔法を使ったら、またすぐ壊れてしまうってわかった。俺しかそれが見えてなくて……だから」

「おれを買った?」

「そう。やっと安定したから、もう大丈夫だ。壊れないよ」


 ご主人が俺を買った理由、初めてきいた。


 あのままだと危なかったのか、俺。


 もしかして、ご主人が俺に契約魔法を通して『命令』しないのって、不安定だったから?契約って、意識体とやらに負担がかかるのか。


 『命令』すれば、他の人の前で声が出せるようになるはずなのに、それが使われたことは一度もない。


 そうか。そうだったのか。


 でも。



「……なんで、助けようとおもったんですか」

「そういう巡りだったんだと思う」

「巡り……」

「俺は、サンサの依頼を終えたら、ひとりで旅に出るつもりだったんだ。遠い場所を目指して」


 それで、事前に金貨を引き出してたくさん持っていた。


 だが、俺を見つけてしまった。


 俺の状態が『わかって』いて、助けられるのは自分だけ。しかも、ちょうど俺を買えるだけの金貨があった。


 旅に出るか、俺を買うか。



 ご主人は、俺を選んだ。


 何となく、でも、偶々でもなかった。そして同じ奴隷商にいた他の奴隷と比べたからでもない。俺を助けるという明確な理由があって、選んでくれたんだ。旅を諦めてまで。


 胸がぎゅうっとなった。


 また泣きそう。



「行かなくてよかったんですか、旅」

「試されてる気がしたんだ。俺だけが助けられる目の前の子供を見捨ててまで、行くべきなのかって。……なに、俺は黒色冒険者だからな。金はすぐに貯まるさ」

「……おれも一緒に貯めて、行きます。ご主人の行きたいところ」

「はは、そうできたらいいな」


 俺にできるのか?


 わからない。けど、俺の魂ごと助けて守ってもらった恩は、何としても返さなくちゃ。


 それを俺の生きる目的にしよう。


 それが『巡り』なんだ、と強く思った。


 この身体の元の持ち主の願いも、いつか知ることができたらいいな。



「お前の意識体は、少し変わってる。砕けちまったのに、どうやって集まって繋がったのかわからねえ。いろんな人の意識が集まってるみたいなのに、破綻してない。……いちばんでかい欠片が、お前の主要な意識になって他と繋がって守ってるみたいだ」


 なんだそれ、怖いぞ。


 俺も乖離は感じても、破綻してると思ったことない。


 向こうの世界で大人だった記憶を持つ意識が主人格になってるからかな。どっからきたんだろう、俺のこの意識。


 ……ん?


 俺のこの自我も『意識の欠片』にすぎないとしたら。


 向こうの俺はまだちゃんと生きてる?俺は転生とか、魂だけ転移したわけじゃないってこと?


 確かめようがない。


 でもそれって、俺は向こうには戻れないってことか……まあ、向こうにも俺の本体がちゃんといて、元気にやってるなら、いいか。


 俺もこっちで幸せに暮らしてるから。


 もしかしたら、ナクレ村の長老が言ってた『夢の河』を辿れば向こうにも届くのかもしれない。夢で見られるといいな。



 黙り込んでしまった俺を心配してか、ご主人は収納から何かを取り出した。


 とても綺麗な装飾の施された短剣だ。

 

 宝剣かな。



「ここに嵌まってる白い宝石、何かわかるか?」

「何ですか?」

「これは『真珠』って言ってな、貝からとれる宝石なんだ」


 この世界にもあるんだ、真珠。



「これ、どうやって出来ると思う?貝の中に異物が入ると、それを包み込むように、何層も何層も重なるんだ。そうやって最後にはこの綺麗な丸になる。……アウル、お前の意識体は、この真珠みたいに見える。初めはつぎはぎだった。でもいろいろ考えて、たくさんの感情を経験して、今ではすっかり綺麗だ」


 外から来た異物。


 ご主人は知ってるのかな。俺のこの自我が違う世界から来たものだって。知らないだろうな。


 なんだか、この世界で生きることを認めてもらえたような気がした。


  独特の虹色の光沢は、向こうの世界のものと変わらなかった。


 いや、もっと綺麗だ。



「今日」

「うん?」

「今日が、おれの生まれた日です」

「そうなのか?」

「いま決めました。今日にします」

「……そうだな。綺麗に繋がった記念日にしよう」


 そう言ってご主人は立ち上がった。

 俺も立ち上がった。もう歩ける。


 そうして、俺たちは二人で歩き出した。




 ……アキの作った昼ご飯を食べるために。


 たくさん泣いたらお腹空きました。


 生きるということは、お腹が空くということだ。この世界には、まだ俺の知らない食べ物がたくさんある。


 いろんなものを食べて、舌を育てなきゃな。


 俺のため、アウルという人間のため。


 生きる。



 

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