170話 死の意味



 女の罪状、そして護衛だった者たちの罪状が読み上げられた。


 それから、彼女たちの異様な様子について説明がなされる。



「──これは環位会議にて決定された事項である。彼らの服用していた薬物は、使用禁止薬物として登録された。よって、今この時をもってこの白い『粉』の製造・所持・販売・服用の禁止を発令する。処罰内容に関しては追って発表がなされることになる」


 黒い服の人が掲げた小さな瓶。その中には白い粉が見えた。


 人々はざわめいている。



「これは著しい快楽を与えると同時に、恐ろしいまでの禁断症状によって人を苦しめる毒である。すでに、薬と偽って服用させられる事例が多数確認されている。甘言に惑うことなく、病のさいは治癒師のもとへ行くように。……そうでなければ、この者たちのようになるであろう」


 『粉』の恐ろしさがついに周知された。


 処刑台という場も合わさって、これ以上ないパフォーマンスだ。誰も、彼らのような異常な状態にはなりたくないだろう。


 記者たちの鉛筆の動きが激しくなった。



「……ありゃダメだなァ。『浄化』でも治癒できねェ段階までいっちまってる」


 後ろでダインが小さく言った。


 ダインでも治せないところまで進んでしまっているのか。


 もう、救えないんだな。


 

 やがて黒い服の人は役割を終えて後ろに下った。


 代わりに顔を覆面のようなもので隠した衛兵たちが現れ、罪人をそれぞれ縄のところへ連れて行った。


 ついに、刑が執行される。



「最後の言葉はあるか」


 覆面の衛兵が彼女たちに尋ねた。


 女はうつろな目で宙を見て、振り払うように手を動かすのをやめない。


 死の間際にいる人間とは思えなかった。


 現実を認識できていないように見える。



「……あれを、ちょうだい。はやく……ぜんぶ話したでしょう、あれをちょうだい、もう死ぬんだから最後にあれを……」


 弱々しい声で繰り返す。


 それが最後の言葉だった。


 頭に布袋を被せられ、首にしっかりと縄が回される。


 プォォォォ!


 角笛の音が響き渡った。


 きゅうっと握った手に力が入る。俺のか、メルガナのか、どっちもか。


 ガコン。


 大きな音がした。


 罪人たちの足元の床が消え……そして罪人たちの姿も台の下へ消えた。


 揺れる縄だけが俺たちに見えるすべてになった。



 十二の月、第四週の六日目。


 死刑が執行され、俺を苦しめた女は死んだ。



 俺はそれを見なかった。

 ずっと、メルガナの横顔を見ていた。


 どうか、選択を間違えないでほしい。

 そう願いながら。



 どれくらい経っただろうか。


 いつのまにか、シルハがメルガナの横に立っていた。



「メルガナ、メルガーニャ」


 シルハに肩をゆすられ、呆然としていたメルガナははっとした。


 俺は握っていた手をそっと離す。


 メルガナにとって、人の死の瞬間はとてもショックなことのようだった。


 それはそうだ。彼女はまだ子供だし、この国の人たちは長寿だから死は身近なものじゃない。


 ……ちょっと、刺激が強すぎたかも。


 俺は後悔した。


 考えるきっかけになるとは思ったけど、効きすぎてもよくない。


 難しいな。


 結局、俺のしたことって余計な、しかも自己満足でしかなかったのか。ひとりで向き合えないから、メルガナを巻き込んだだけになってしまったかも。


 俺って、ダメなやつだ。


 急に力が抜けていくのを感じた。


 ぐらりと傾いた体は、やわらかく受け止められた。



「まったくオメェは……過激なことしやがって」


 やっぱり、過激だったかな。


 ダインはそのまま俺を抱き上げた。なんだか力が入らなくて、俺はぐったり身を預ける。


 シルハがメルガナの背中に手を当てて、優しく何か言っているのが見えた。


 そのまま、俺たちは処刑台の前から退き、路地に少し入ったところへ移動した。



「こっちには来ちゃいけないと言ったが……見ちまったんだね。アウルだったか、その坊やの知り合いだったのかい」


 シルハがダインに尋ねた。



「あァ。アレに暴行されてた子供ってのがこいつだ。何の巡りか、俺らのパーティーでアレを捕まえて引き渡してなァ」

「そうなのか。でも、なんでメルガナをここに連れて来たんだ?」

「……俺が言うのも野暮だと思うがなァ。メルガナ、何かわかったかァ?」

「……わかる、けど……わからない」


 メルガナはまだショックから抜け出せていないみたいだった。


 でも、わかろうとしてる。



「他の子たちがあたしを呼びに来たときに言ってたけど、誰かの奴隷と喧嘩になったんだって?」

「それは……あいつが…………」

「わかってるよ、あたしはアンタが赤ん坊の時から知ってるんだ。アンタがそうしたのには理由があったって、よくわかってる」

「でも、オレ……ひどいこと言った……奴隷は怠け者だって……酒場できいたから…………」


 メルガナはぽろぽろと涙を流し始める。


 シルハはゆっくりとメルガナの背中を撫でて、言葉を待っていた。



「あの、冒険者……奴隷にひどいこと、いっぱいしたから……死刑になった……」

「うん」

「オレも、あの冒険者みたいに、なっちゃうのか……?」


 メルガナは、俺の言いたかったことをおぼろげながら理解したようだった。



「ならないよ。あたしらが、そんなの許さない」

「ほんとに?」

「本当だよ。あの死んじまった冒険者と、アンタは違う。アンタにはあたしらがついてる」

「うんっ……」


 シルハはメルガナをギュッと抱きしめた。



「……だからさ、アンタのことなんか何も知らなくて酒場で愚痴を垂れ流すような、そんなやつの言葉じゃなくてさ、あたしらを信じてくれよ。アンタは大人相手にがんばらなくっていいんだ。大人のことは大人が始末をつけるんだから……あたしらに任せな」

「うん……ごめん、なさい」


 メルガナはしばらく泣き続けた。


 メルガナはずっと気を張って、子供たちみんなを守ろうとがんばっていた。その緊張が、今解けてしまったんだろう。


 俺の巻き込みは、無駄にならなかっただろうか。


 あの女の死は、メルガナに何かを伝えられただろうか。


 まだわからない。


 少なくとも俺は、メルガナのおかげでどうにかあの女の最期を見届けることができた。


 ありがとう。


 それから、ごめん。


 やっぱり刺激が強すぎた。




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