169話 ある冒険者の末路



 優しげな表情で巻物に目を落とす聖人アダンの像、その足元の広場を通り過ぎる。


 アダン像を背にしてしばらく進むと、人が集まっている広めの場所が見えてきた。


 たぶんここだ。


 まだ始まってないみたい。間に合った。



「こっちの道……今日は近づくなってシルハに言われてるぞ」


 メルガナが困惑した声色で言った。


 シルハ……ガルージとメルガナと同じパーティーの女の人か。本部で一回会ったな。


 誰かが処刑されるところなんて、子供に見せるものじゃないってシルハは考えてるんだろう。


 俺もそう思うよ。


 それでも俺はメルガナの手を引いて人をかき分け、いちばん前に出た。俺たちは体が小さいから、するすると通り抜けることができた。


 これだけ人が集まってるってことは、情報紙か何かで告知されてたのかもしれない。シルハも処刑が行われるって知ってたみたいだし。


 目の前に処刑台が、どんと現れた。


 人の目線より高い位置に舞台のようなものが設けられている。太い木の枠から、輪がついた太い縄がいくつか並んでぶらさがり、ぷらぷらと揺れていた。


 そういう場所だからか、どこか薄気味悪く感じる。


 処刑台からすこし離して柵が張り巡らされていた。台に人が近づかないように衛兵が数人警備している。


 公開処刑は2ヶ月に一回くらいのペースで行われているらしい。前回は盗賊団の一味が処刑されたそうだ。近くの人が、そう話してるのが聞こえた。


 ここまで来たら逃げないだろうけど、俺はメルガナの手を離さなかった。


 困惑が勝っているのか、メルガナは騒がなかった。でも顔をしかめている。



「ここ処刑台だろ。お前、オレに処刑を見せて怖がらせたいのか?」


 俺は首を横に振った。



「じゃあ何だよ。だいたい、なんで話に割って入ってきたんだ、オレが話をつけるところだったのに……」


 プォォォォ!


 メルガナの言葉の途中で、角笛が鳴った。


 ついに始まる。


 黒い上等な服を着た人が現れ、続いて処刑される罪人たちが衛兵に伴われて登場した。


 あの女だ。


 それと屋敷にいた護衛たち。


 俺は深呼吸をして、数週間ぶりの彼らを視界に捉えた。


 反射で震えそうになるのをぐっとこらえる。あいつらはもう何もできない。だから怖がらなくていい。俺は安全だ。


 意外にも、彼女たちの身なりは整えられていた。罪人の尊厳も認められてるんだろうか。もっと、ひどい格好で出てくるものだと思っていた。


 でも、身なりが整っているとはいえ彼らの様子は明らかに異常だった。


 女は頬が痩け、目の下の隈が濃い。しきりに体を揺らし、枷が嵌められた手で何かを振り払う仕草をして、ガチャガチャと音がした。幻覚が見えてるみたいだ。


 他の護衛だった男たちも似たようなものだった。


 その異様な雰囲気に、見ていた群衆は息を呑んだ。ざわめきが広がる。


 あれが『粉』を常用した人間の成れの果てか。おそろしいな。



「な、なあ。あれ何だ……?あいつら病気なのか?変だぞ」


 メルガナも異様さを感じたのか、震える声で言った。


 俺はメルガナの手首を掴む力を緩めて、そのまま彼女の手のひらを握った。怖がらせたいわけじゃないって、これでわかるかな。

 

 それとも、俺がそうしたかったのかもしれない。


 黒い服を着た人が台の前に進み出て、紙を掲げ、拡声の魔法を使って大きな声で読み上げ始めた。


 名前、年齢、出身、職業、そして罪状。


 初めて知ったけど、この女は23歳だそうだ。ミドレシア人からすればあまりに若く思えただろう、まわりの人たちはざわざわしている。


 でも今のやつれた見た目ではとても23歳には見えない。だいたい40歳くらいだろうか、『粉』のせいで老化が早まったのか。

 

 カスマニアの冒険者、と聞いてメルガナはびくりと身をすくませた。自分と10歳くらいしか違わない女性の冒険者が、処刑されるんだ。ショッキングだろうな。


 若い女性の処刑。それは集まっていた人々にも衝撃を与えた。


 情報誌の記者らしき人たちが、板の上で必死に鉛筆を動かしてスケッチしてる。


 彼女は一体どんな罪で処刑されるのか。


 誰もが固唾を飲んで、言葉の続きを待った。



「──この者は、この国において奴隷を幾人もひどく虐待し、それにとどまらず殺人まで犯した。その上、その遺体を庭に埋めたまま放置した」


 遺体を埋めた、という部分で群衆がどよめいた。殺人より、遺体の扱いの方が許されないような雰囲気だ。


 彼女の悪行はそれだけではなかった。


 冒険者として活動していた間、違法な荷物の運搬、人身売買、恐喝、詐欺などにも加担していたらしく、その罪状の多さに人々は驚いた。


 カスマニアで孤児として生まれ、若いうちから奴隷娼妓として働かされていたという来歴まで調べ上げられていた。


 彼女から聞き出したんだろうか。この世界には、詳細にそこまで調べる技術があるようだ。『権能』かもしれない。

 

 悲惨な過去が、彼女をここまで歪ませてしまった。


 それでも一切同情できない。



「──カトレ商会へある薬物を持ち込み、そこで働いていた護衛とともに奴隷に対して執拗な虐待を行なっていた。これは同盟国の協定に違反する行為であり、我が国はこの蛮行を断じて許すことはしない。……暴行を受けていた奴隷の中には、わずか9歳の子供もおり──」


 メルガナが、ハッとして俺を見た。


 メルガナは決してバカじゃない。むしろ聡いくらいだ。俺とこの女との因縁に気づいた。


 これで、メルガナにとって、この女が無関係の遠い存在ではなくなった。


 すぐ隣にいる奴隷の子供を暴行していた、冒険者の女。他人事ではない。


 きっと今までは、メルガナにとって奴隷は縁遠い存在で、それでいて奴隷になったらどうしよう、という子供ながらの恐怖もあったんだと思う。


 それに加えて、誰かが奴隷の悪口を言うのを聞きかじって少しだけ認識が歪んでしまった。


 だから奴隷とトラブルが起きた時に、過剰な反応をしてしまったんだ。メルガナは守るために抗戦するタイプだから、攻撃的になってしまう。


 でも、それではダメだ。


 初めは守るためだったとしても、この女のようにやがて攻撃する理由に転じてしまう。


 それを、わかってくれるだろうか。


 選択次第では、誰でもこの女のようになり得るってこと。逆に、彼女にはこうならない選択の機会もあったはずだ。


 ちいさな偏見ひとつ、思想ひとつで人生は大きく変わる。それを軽視しないでほしい。俺だって、いつこの柵のあちら側へ行くことになるかわからない。


 全部を理解しなくてもいい。


 わずかでも考えるきっかけになったら、それでいいんだ。


 そうすれば、この女の死が意味のあるものになる。そして、そうしなければ、きっと俺はこの死を受け入れられない。


 メルガナ、君はどうする。


 俺は握った手のひらに、少し力を込めた。



「──見つけた」


 ポンと頭に手が置かれた。

 

 息を切らせたダインが俺の後ろにいた。


 ダインのこと、すっかり忘れて突っ走っちゃったな。大きな体で苦労してここまで来たみたいだ。悪いことした。


 でもダインが来てひどく安心している自分がいた。


 そして、そんな自分がたまらなく嫌なやつに思えた。



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