168話 覆る決意


 ガラゴロとメオくんの引く馬車がゆく。



 中央区が近づくにつれ、俺の気分は徐々に重くなっていった。


 考えないようにしていても、頭の片隅にずっとちらついている。


 本部の近くに来たとき、リーダーが俺の肩に手を置いて、道の先を指差した。


 その先には聖人アダンの大きな像が立っている。



「この道をまっすぐ行った先、アダン像の向こうが『嘆きの大通り』だよ」


 嘆きの大通り前。


 死刑が決まった犯罪者が、公開処刑される場所だ。


 リーダーはちゃんと日付を覚えていて、遠回しに「今日が処刑日だよ」って教えてくれたんだな。


 ……そうか、組合本部からこんなに近い場所なのか。


 俺はどうすればいいか、まだわからなかった。沈んだ俺の顔色を見て、リーダーはそれ以上何も言わなかった。


 処刑を見たいとは思わない。


 でも、それで本当にいいのかな。何もなかったように過ごすことはできない。区切りのようなものは必要だと思う。


 うじうじと悩んでいたら、いつの間にか買取窓口まで来ていた。


 混んでるな。


 俺の採集した分は取り分けてあるから、それを係の人に渡すだけ。


 みんなに「これも持っていけ」って端数とか余分を渡されちゃったから、俺が採集したものだけじゃないけど。お小遣いのようなもの、だそうです。ありがたく受け取ります。


 列の後ろに並んで、順番を待った。


 偶々なのか、リーダーが気を利かせてくれたのか、この列はララキが担当者だ。俺の数少ない顔見知り。


 アキの提出分は、けっこういい額になったみたいで満足げだ。ノーヴェの採集した珍しい薬草類もいい金額になった。


 俺の番がきて、驚くべきスピードで査定が行われ、渡された紙を見ると……おお、今まででいちばんの買取合計額になった!


 所持金が増えたぞ。


 すこしうれしくなった俺を見てリーダーも喜んでいる。ご主人は頭ぽんぽんしてくれた。俺は恵まれているな。


 さっそく換金の手続きに向かった。


 トレーに積まれた銀色のきらめき。これを小さな財布に詰め込む瞬間というのは、何物にも変えがたい達成感がある。


 気は晴れないけど、いいことがあって良かった。



 みんなは、それぞれ組合本部での用事を済ませるために散った。


 俺は暇なダインと一緒に、入り口近くにある待機所でみんなを待つことにした。


 ベンチや椅子のようなものがたくさん置いてあって、いつも冒険者や依頼人などがいて賑やかな場所だ。


 今日も賑わっている。


 けど。何か雰囲気が良くない。


 揉め事だろうか。ダインがめちゃくちゃダルそうな顔になったから、そうかも。


 うーん、巻き込まれたら嫌だな。


 食堂に避難するか……と思って引き返そうとしたら、ひときわ大きな声が俺の耳に飛び込んできた。



「……酒場に来る親方が言ってたぞ!最近の奴隷は、怠け者の穀潰しばかりだって!」


 その言葉に俺は食堂に向かう足を止めた。ダインは大きなため息をついた。



 聞き捨てならないな、奴隷が何だって?


 振り返って声の主を確認したら、メルガナだった。まさかの顔見知りだ。


 大人が、メルガナ含めた子供たちと睨み合っている。


 どういう状況だろう。


 朝、北西の森の近くでメルガナたちを見かけたよな。買取のために戻ってきたのかな。



「国どうしの『きょうてい』に守られてるから、好き勝手してるんだって言ってた!あんなのがあるから、働かないんだって」


 なおも続けるメルガナ。


 どうやら、大人のほうは奴隷で、メルガナたちと口論になったみたい。


 困ったなって顔をしてた。


 メルガナは他の子たちを守るみたいに立ってるから、たぶん大人に負けないように威嚇してるんだと思う。


 わあわあと誰かから聞いたらしき奴隷についてのあれこれを、一生懸命まくし立てている。


 どっちが悪いのか、ぱっと見たかんじではわからない。


 さっさと立ち去るべきなんだけど。


 俺の足は動かなかった。


 まわりの大人たちは、介入せず様子を見守っている。この国の大人たちはのんびりした気質のおかげか、けっこう子供の自主性を大切にしてくれる。


 それはいいんだけど。


 この件に関しては、誰かがメルガナを止めたほうがいい。


 奴隷、というのはセンシティブな問題だから、正義感からの行動でも重大な結果になりかねないぞ。


 特に子供は、加減を知らないから。


 うーん……メルガナ、偏見がある人の意見に影響されてちゃってるよな。なぜか、偏った意見って一定数の支持を得てしまうんだよな。


 しかも、よりによってその話題か……今日じゃなかったら、そのまま立ち去っていたかも。


 重い気分だったから、聞き流せなかった。



「オメェが首を突っ込んだら、余計に面倒になるぜ」


 ダインが俺に囁く。


 わかってる。でも、足がそっちを向いてしまう。


 俺はしゃべれないから、説得も説明も叱責も懇願もできやしないのに。


 一歩、メルガナたちのほうへ踏み出した。



「──だから奴隷は、黙って言われた仕事だけやって、飼われてるのがお似合いなんだよ!」


 締めのその言葉が飛んできて俺に刺さった。


 一瞬、目の前が暗くなる。


 キーンと耳鳴りのような音が聞こえて、全身に広がった。


 今の言葉はきっと誰かの受け売りだろう、メルガナの語彙にしては違和感がある。


 酒場って言ってたから、どこかで手伝いをしてるときに酔っ払いが話したたわごとを真に受けただけかもしれない。


 そうだとしても。

 そっちへ行ってはダメだ。


 その先にあるものは死だ。



 俺は早足でメルガナと大人の奴隷の間に割って入った。



「な、なんだよお前、こんなところで……そうか、お前も奴隷か」


 メルガナが俺に気づいて何か言ってる。


 ダインが俺のあとから急いでやってくるのが視界の端に見えた。他にも誰かがこちらへ来ている。


 そうした情報を切り捨てながら、俺は目の前のメルガナに集中した。



「なんだよ、気に入らないってのか?」

「やめなよメルガナ。わたしのことならもう大丈夫だから」

「ここで引いたら舐められるぞ!」

「でもこの子は関係ないし」

「こいつだって、奴隷のくせに強いパーティーに入って守られてるだけじゃないか」


 そっか、経緯はわからないけど、やっぱり他の子供を守るためにそんなことを言ったんだな。メルガナは子供たちのグループのリーダー格なんだろうな。


 それでもダメ。


 みんなのリーダーなら、なおさら。


 決めた。



 ガシッっとメルガナの手首を掴み、俺はずんずんと歩いて出口を目指した。


 引っ張られたメルガナは振り払おうとする。


 それでも俺は身体強化も使って、しっかり掴んだまま決して離さなかった。



「どこに連れて行くんだよ!離せって」


 何か喚いてるけど、耳に入ってこない。


 そのまま、ひたすらずんずんとアダン像のほうを目指した。建物や通行人が視界を通り過ぎていく。


 そのうちにメルガナはおとなしくなり、怪訝な様子で黙って俺と一緒に歩いた。俺のほうが歩幅が小さいから、付いてくるのは容易だろう。


 後ろを他の子たちや、大人がついてきてる。何か言ってる気がする。


 どうでもいい。


 目指すは、嘆きの大通りだ。



 メルガナは知らなくてはいけない。


 偏見にまみれた冒険者の末路を。

 奴隷を虐げた人間の悲惨な最期を。


 それを一緒に見るんだ。


 まだ間に合うだろうか。



 ああ、軽率な行動はしないって決めたのに。俺はまた決意をくつがえしてしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る