167話 犬のたわむれ



「よう、元気そうだな」


 凍った空気の中でのんびりとお茶を飲みながら、ご主人が言った。やはりご主人はつよい。


 俺はどうしたらいいかわからないから、とりあえずワヌくんの鼻筋を撫でる。


 ワヌくんは眠そうにポメの相手をしてあげていた。


 ワヌくんは、フワッとした毛と眠そうな顔がなんとなく犬種のサモエドっぽいかんじだ。いちおう狼らしいので、足は少しシュッとしてるが。


 デカ犬こと真獣ヴァウドゥは、ワヌくんをさらに大きくしてさらにシュッとしたかんじ。でも最高級のフワフワです。


 ポメラニアンからサモエド、そして狼へと形態変化していくのかな。真獣の眷属って興味深い。


 俺が現実逃避でワヌくんの鼻を撫でてる間に、一番にリーダーが復活した。


 そして、スッと膝をついた。



「お目に掛かり光栄です、番人たる真獣の眷属よ。我らが森の豊穣に与かることをどうかお許しください」


 騎士みたいだ……そんなにかしこまらなきゃいけない相手なの?


 俺、普通にしちゃった。


 ワヌくんはゆるりとうなずいて、またポメの相手に戻る。ポメはワヌくんの前あしのまわりをくるくるしていた。


 他のみんなも徐々に石化が解けていく。


 次に動いたのは、アキだった。


 採集した果物の中で、いちばん美味しそうなやつをスッとワヌくんの前に置いた。お供えかな。


 匂いを確かめて、ぺろんと食べるワヌくん。またうなずいていたので、おいしかったんだと思う。アキもうなずき返した。言葉がなくてもわかりあってる。


 ノーヴェはご主人の後ろに隠れて、チラチラとこちらを見てる。まあ、いちばんつよいのはご主人だろうから正しい判断だけど、ワヌくんは無害ですよ。


 ダインはしばらく固まっていたけど、大きく息を吐いて、またごろんと寝転がった。


 みんな順応が早い。


 惨事にならなくてよかった。これからはもう少し考えて行動します。俺、こんな考えなしに動く人間だっただろうか……うーん、思い返してみても、わりと先に手が出ちゃうな。


 反省します。


 ……反省したので、ふかふかにダイブしてもいい?


 ワヌくんを見ると、眠そうに伏せをした。これはいいってことですね!


 ぼふっ。


 俺は勢いをつけて、乗用車くらいの大きさのワヌくんの首筋に飛び込んだ。


 うおーー!ふかふか!


 ポメも飛び込んできたので、一緒にふかふかの中を泳いでベストポジションを探した。


 収まりが良い場所を見つけて、体を落ち着けた。


 落ち着いたところで、リーダーが手で顔をおおってうずくまってるのが見えてしまった。


 どうしちゃったんだ。



「……アウルって、案外怖いもの知らずだな」

「ん?何が怖いんだ?」

「こ、怖くはないよ!びっくりしただけだ」


 ノーヴェがおそるおそるご主人の後ろから出てきた。


 あ、そうか。


 みんなにとっては、真獣の眷属は畏怖の対象なのか。だからこの大きい犬を怖がらない俺が無茶に見えるってわけだな。


 最初は怖かったけど、真獣ヴァウドゥのほうはもっとデカかったし、ご主人に説教されて伏せをしてたし、最高級ふかふかだし。


 それもあって、ワヌくんのことは親戚のお兄さんくらいに思ってるが、そもそもそれがおかしいのか。


 ちゃんと世間の常識と自分の常識をすり合わせておかないと、事故がおきそう。もう起きた。


 俺、ご主人に似てきたかも……。



 でも、リーダーがぷるぷるしてるのはまた別の理由だ。


 最近わかってきたんだけど、ポメ耐性の低いノーヴェとリーダーでは、ツボというかぷるぷるするポイントが微妙に違う。


 ノーヴェは手のひらサイズでふわふわのちいさい犬っていう造形がツボみたい。


 そしてリーダーは、ちいさい俺がちいさい犬を連れているという、その組み合わせがツボのようだ。


 だから、今リーダーがぷるぷるしてるのは、『おおきい犬に埋もれるちいさい俺とさらにちいさいポメ』っていう組み合わせにギュン……となってしまったからだと思われる。


 あんなに礼儀正しいリーダーが今にも倒れそうなので、相当ドツボにハマったんだろうなあ……。


 だが俺はこのふかふかをしばらく手放したくないです。これからの季節、ワヌくんがお布団になってくれないかな。そうなったら最高の寝心地になりそうだ。


 あ、そうだ。


 ワヌくんにいろいろ報告があるんだよ。


 遺跡で会ったとても大きな魔物を倒した後、ポメ……この子が『浄化』したんだよ。上手だった。ちゃんと還してあげられたんだ。


 まわりの土地の魔力も整えたみたい。ちいさいけど、かしこいんだよ。俺の言うことをちゃんとわかってくれるんだ。

 

 この子のこと、ポメって呼んでるけどいいかな。ご主人はポムって呼ぶし、他のみんなも何かそれぞれ呼んでる。みんなに受け入れてもらえたよ。


 ポメって大きくなるのかな。このままなのかな。どっちでも俺はうれしい。


 ポメのおかげで、『収納』ができそうなんだ。でも、まだ空間魔法はよくわからない。わかるようになるかな。


 俺は、ちゃんとポメを幸せにしてあげられるだろうか。


 俺は、幸せになれるかな。



 ワヌくんは俺の方を向いて、大きな舌で俺の顔をぺろっとした。


 うん、しあわせだ。


 俺の近況、ちゃんとヴァウドゥに伝えてくれよ。元気でやってますって。


 ふかふかをしっかり堪能した頃合いで、ワヌくんはのっそりと立ち上がった。もう行くのか。


 ポメと、それから俺に鼻ツンの挨拶をしたあと、なぜかダインをぺろぺろ舐めてから、オン!とだるそうに吠えて消えた。


 行っちゃったな。


 ダイン、動物に好かれると思ってたけど真獣の眷属からもぺろぺろされたぞ。



「こ、これは……!」


 アキが両手に何かを持って、珍しく震えた声を出した。


 なんだろう、小さくて真っ白な牙に見える。

 まさかワヌくんがくれたのか?果物のお礼だろうか。



「……それを持ってりゃ、森に権能持ちを連れてくるのと同じ効果が得られるんだとよ」

「何だって!?真獣の眷属がそんな凄いものをくれたのか?」


 ダインの解説に、ノーヴェが驚愕した。


 ダインを連れてくるのと同じ効果があるってこと!?すごい!


 でも、ダインはなんでわかったの?



「……ダイン、真獣の眷属を『視た』のかい」

「あっちが見せてきたんだよ。真獣たちは俺の『権能』より格上の技能を持ってやがる」


 そうか、権能は『森の主』というすごい存在が人間に配ってる技能。そして真獣たちは『森の主』直属の生き物だ。


 だから、真獣たちの能力は人間に配られた権能の上位互換ってことか。


 ……そういえば、王の影のファンイの権能は分身を作れるものだったな。真獣の眷属の幼体……ポメ集団って、そうやって分身で生まれてきたやつらなのかも。


 そしてダインの権能の、人の思考を読み取る能力。それも真獣たちは持ってるし、その上おそらく思考をこちらに送りつけることもできるっぽい。


 だから去り際にぺろぺろされたんだな。ダインは立場的にはワヌくんより下か。「達者でな、後輩」みたいなかんじだったのかもしれない。



「要するに、これから俺はオメェらに連れ回されず拠点で昼寝できるってこった」


 うれしそうなダイン。そんなすごいアイテムがあったらお役御免だ。ダインめ、サボる気満々だぞ


 リーダーもにっこりした。



「その牙はしゃべることが出来るのかい?」

「あァ?」

「森の様子を言葉で伝えることのできるダインは、僕らの大切な仲間だよ」

「……チッ」


 優しくリーダーが言ったけど、要は「働け」ってことだな。お役御免にはならなかったようです。残念だったな!


 それに、多分この北西の森でしか使えないと思うぞ。アキに渡したってことは、森の実りをいっぱい収穫しろよってことだろう。



「アキ、誰にも見せるなよ。そんなのあるって知られたら戦争が起こるぜ」

「そうだよ、森を安全に歩ける道具……値段がつけられない」

「わかっている。俺にこれを渡すとは、見る目のある獣だ。『与える者は与えられる』、だな」


 アキすごくうれしそうだった。

 ひとりで森に毎日通いそうな勢い。


 これから、森で採れたものがたくさん食卓に並ぶんだろうな。楽しみだ。



 こうして、俺のやらかしで一時騒然としたものの、どうにかまた日常が戻ってきた。


 ワヌくんに会えて良かった。


 俺たちは採集物をまとめ、森から出て本部へ意気揚々と向かったのだった。


 さて、買取価格は幾らになるだろう。


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