166話 恵み豊か



 森の中では、いくつかのパーティーとすれ違った。


 挨拶を交わしながら、さらに奥を目指す。


 森の外側近くは、木もまばらで細かったけど、奥に進むにつれ太く密になっていく。ほんの少し薄暗いけど、悪い感じじゃない。


 幸いなことに、今のところ人間としか遭遇してない。


 ノーヴェが「うおー」とか「わー」とか言いながら薬草を採集してるのがいちばん賑やかかもしれん。


 いくつか採集スポットがあるらしく、まずは木の実の採集スポットへ向かった。


 奥へ行くと、人間と遭遇することもなくなった。


 ので、ポメを出してあげた。


 うれしそうにまわりを見回して、ぐるぐると手のひらで高速回転を始めた。


 ポメにとっては、森は我が家みたいなものだからうれしいよな。


 でもな、ポメダンスを見たリーダーが固まっちゃってな……。手に持ってた実をポロって落としそうになったのを、アキが素早くキャッチしてた。


 ちょっと離れてる間にかなりポメ耐性落ちたな、リーダー。


 ポメは肩のあたりにいてもらって、俺も採集に集中します。



 アキに渡されたたくさんの麻袋に、木の実を入れていく。俺は小さいから、低木になってる木の実とか落ちてるやつ専門。


 あと、つる草にひっついてる石みたいなやつ……むかごって言うのかな、それもたくさんとった。むかごは人気のある山菜らしいです。芋に似てるんだって。


 竹籠はとりあえず置いておく。薬草を大量に採るときは背負うタイプの籠が便利だが、いろんな種類の木の実などを採集するときは袋とか、ざるみたいなやつが便利。


 麻袋にざっと入れてから、それをまた竹籠にしまっていきます。


 ダインがさっそく寝床を整えて、森の真ん中で堂々と寝そべっているので、荷物番をしてもらおう。


 どんぐりみたいなやつとか、硬い殻につつまれたやつ、栗に似てイガイガがあるやつなど、いろんな木の実を覚えた。


 すごいな、森。


 採集だけでも生きていけそう。


 リスみたいなやつが時々チラチラしてる。なんと、このリス、普通サイズだ。まったくデカくない。デカくない生き物もいることを知って、ひどく安心した。



 場所を変えて、今度は果物。


 すずなりの赤いさくらんぼに似たものや、バナナっぽいもの、ざくろのようなもの、見たこともないもの、たくさんあった。


 果樹園じゃないよな、森だよな?



「この森は人の手が入ってるから、ある程度固まった場所に果物の木が生えてるんだ。採集も楽できるだろ」


 保冷用のデカい葉っぱをバッサバッサ刈りながらノーヴェが教えてくれた。


 奥のほうで採集できる冒険者は限られてるから、取り合いにはならない。


 人の手で少しだけ整えられてる果樹たち……のはずだが、たぶんここもデカ犬のせいで、すごいことになってる。


 なんか、大きさがデカいんですよ、果物。


 リスが小さくて安心してたら、今度は果物がデカかった。心休まる時がないな。


 両手からはみ出しそうないちじくが大量に生ってる。


 甘い匂いがすごい。

 甘い匂いがすごいとどうなる?


 虫が寄ってきます。そして鳥も。


 果樹のまわりは、人間と鳥と虫のパラダイスだった。


 食べ物いっぱいで虫も大喜びだろうな……。


 そりゃそうか、真獣にとって『整ってる』状態が、人間にとっても整ってるとは限らない。虫だって生態系の一部だから。


 だから今の森の中は、わりと見境なく生きとし生けるものたちがお祭り状態。


 虫除けダインの横で、仕分けなどがんばりました。ノーヴェに教えてもらって薬草になる葉っぱや根っこを採集したりもした。


 ひと段落して見回すと、みんなの採集した果物が詰まった麻袋が、大量に並んでた。


 朝市の果物屋さんみたい……すごい。


 その真ん中で寝そべるダイン。寝てるだけだが、たぶんダインのおかげで良いものを採集できてるんだよな……。それゆえにこの所業が許されるのであって。


 少し休憩することになった。



「やっぱりすごいね、あまり一箇所でたくさん売ってはいけないな、これは」

「冒険者組合、商工組合、知り合いの露天商、食堂……そのあたりに分けて売るつもりだ」

「これだけ採ってもまだあるぜ」

「僕たちだけが恵みにあずかるわけではないからね。森の生き物たちも恩恵を受けているんだろう」

「真獣に感謝だな」


 感謝……なのかな。


 うーん、当事者の俺は素直に喜べない。ノーヴェの淹れたお茶をすすりながら眉間に皺を寄せた。


 その節はずいぶんお騒がせしちゃったし、その余波がまだ続いてるってことだからな。



 あっ!そういえば責任者に来てもらえるじゃん。連絡役の、あの眠犬くん。


 俺は、笛の存在を思い出した。


 今なら、他の冒険者もいないし、ポメもよろこぶし、いいんじゃないか。笛を試してみたかったんだよな。


 首に下げていた小さな笛に唇を当てて、魔力を込めながら息を吹き込み──。



「おい、待て!」


 ガバッと起きたダインが俺を止めようと手を伸ばしたが、もう遅かった。ごめん、吹いちゃった。


 ピィ────!


 澄んだ音が響いた。


 魔力無しで吹いた時と音が違う。



 ザァーッと風が吹き抜けて、目をつむる。


 次に目を開けた時。


 白い大きな犬が、俺の目の前にいた。眠犬くん!……えっと、名前なんだっけ。ワンちゃんみたいな名前だったような……ワ、ワ……そうだ、ワヌ!


 本当に笛吹いたら来た!

  

 ワヌくんが、相変わらず眠そうな目で俺の匂いを確認して、鼻をぺろっと舐めて挨拶した。


 久しぶりだな、元気だった?


 ポメも大喜びで、ピョンピョンぐるぐるワヌくんのまわりを跳ねてる。たぶん、兄弟みたいなものだから、会えて嬉しいよな。


 俺も首のあたりをよしよしして、ふわふわの毛並みを堪能した。あとで埋もれさせてほしいです。


 眠犬ことワヌくんは、静かに寝そべって、細めた目で俺たちを眺めた。



 ふと、静かだなと思ってまわりを見ると、みんな見事に固まっていた。ご主人以外。微動だにしない。


 あれ……この反応、見たことあるぞ。ポメを初めて出した時と似てる……。


 みんなこの眠犬くんに会ったんじゃないの?挨拶したって言ってたじゃん。



 ……やっちまったかもしれん。考えなしに呼んじゃった。うわあ、ごめんなさい。確認してから呼べばよかったです。

 

 デカい犬、彫像たち、跳ね回る小さな毛玉。


 この状況どうしよう。


 波乱の予感はしてたけど、俺が波乱だった。


 助けてください、ご主人。



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