165話 波乱の予感



 翌朝、あっけないほどすっきり目覚めた。


 久しぶりにやわらかベッドで寝たからか、旅の疲れが全部なくなった。拠点のベッドは最高です。


 ポメが枕の横でスヤスヤしている。


 昨日しまうの忘れてた……。ずっと横にいてくれたんだな。指でそっと毛並みを整えてやってから、ふわふわな生き物をしまった。


 朝練してるリーダーとご主人のところに行こうとテラスに出て……寒くて引っ込んだ。これは外套がいる。


 外套を着込んで、楽器を片手にまたテラスへ。


 やっと楽器を使う時がきました。


 前に教えてもらった通り、魔力を込めずにゆっくり吹く。ちょっと間が開いてしまったけど、案外ちゃんと覚えてるもんだな。


 笛の音に合わせ、ご主人がゆっくりと大きな剣を振る。


 すごいな。


 ご主人が毎朝やってる練習、この音楽に合わせたかのように、ぴったりだ。音楽がついてますます剣舞みたい。ご主人の故郷の舞いかな。


 ご主人たち寒くないんだろうか。吐く息が白くなってるけど。


 3回通りくらい同じメロディーで吹いて、稽古はおしまい。


 いいなこれ、肺活量が鍛えられそうだ。それにご主人の動きを見ながらタイミングを合わせられるから、一緒に演奏してるような気分になる。


 どことなく嬉しそうなご主人が、頭をくしゃっとしてきた。うまく芸ができたワンちゃんみたい。


 俺はこの新しい習慣が気に入った。



 朝食もそこそこに、アキ主導のもと採集の準備をさせられて、あれよあれよと馬車に詰め込まれる。


 二日酔いらしきノーヴェと、ほぼ寝てるダインも一緒。


 全員で採集です。


 馬車の揺れがつらそうなノーヴェのために、酔い覚ましの回復をかけてあげた。


 ダインに回復についていろいろ教えてもらったから、その知識も活用しつつ、毒素を分解して魔力の流れが整うように意識した。


 ノーヴェはすっかり元気になった。いつもの朝の不機嫌なノーヴェに戻りました。


 アキの操縦する馬車は、中央区へは向かわず、北西の森に向かっているようだった。


 少しだけ、ほっとする。



「アキ、直接採集に行くのかい」

「昨日のうちに買取価格が上がっているものは本部で確認しておいた。少し奥に行く」

「だからダインも引っ張ってきたんだな」

「ダインがいれば採集物の品質が上がる」

「虫も来ないし」


 便利。


 どうやら、北西の森は大盛況らしく、たくさんの収穫物が買取に持ち込まれているようだ。


 多く持ち込まれたものは当然、買取価格が下がっていく。


 逆に、価格が上がるものもあるし、変わらないものもある。そういう確認はすでにアキがしてくれていたようです。気合入ってるな。


 今回狙うのは、少し奥にある果物類、この季節にしかない山菜、大粒の木の実などらしい。ついでにノーヴェは珍しい薬草も狙っているようだ。



「あまり取りすぎてはいけないはずなのだけど……今年は勝手が違うようだね」

「ああ、増えすぎてもいけないから、熟れたものは気にせず採集したほうがいいらしい」


 そんなにか。


 お祭り騒ぎじゃん。



 そう思ったのは間違いじゃなかった。


 森の近くに到着すると、想像よりはるかに賑わっていた。近くの厩舎もいっぱいで、どうにかメオくんを預けられた。


 薬草の生えてる平原も大盛況なのだが。


 等間隔にポツポツ植えられてる目印の木、全部にオレンジ色の布がかかっているぞ。ここで採集OKのサインの布だ。


 いつもは半分もないくらいなのに。


 豊かになったのは森だけじゃなかったようだ。



「……あいつめ。ずいぶん張り切ったな」


 ご主人がぶつぶつ言ってる。


 うん、デカ犬さんちょっとこれは……すごい。加減ってもんをな……。


 森の手前で薬草を採集してるのは、俺と同い年くらいの子供が多かった。


 森の中に行く少し年上の子供集団もいた。あれは冒険者の子供たちかな。大人が引率して、浅い場所で採集するんだろう。あ、メルガナもいるぞ。引率してるのガルージたちか。


 子供が小遣いを稼ぐチャンスだもんな。


 俺も竹籠を背負い直して、気合を入れた。


 近くには商魂たくましい屋台もいくつか出ていて、ほんとうにお祭りみたいになってる。


 つい匂いに釣られそうになるが、ダメダメ。稼ぐのが先。


 みんなで森に足を踏み入れた。



 昼間にこの森の中に入るのは初めてだ。


 前に来たときはご主人に背負われてたし、寝てたし、暗くて速くて何もわからなかったからな。


 なんか、鳥の鳴き声が多くないか。


 きょろきょろとまわりを見回す俺が面白かったのか、ご主人は俺の頭をぽんぽんした。



「木の実や果物を狙って、鳥たちがたくさんやってきているみたいだぞ」

「ちょっとうるさいくらいだね」

「チッ、あの木は鳥どもに譲ってやるか」

「アキ、そう急がなくても、実りは豊かだよ」


 アキ以外のみんなはのんびりとしている。武器こそ携帯しているものの、リラックスモードだ。


 鳥以外の動物も実りを狙ってるやつがたくさんいそうだな。


 あれ?


 めちゃくちゃ気楽についてきたけど、もしかして。


 俺これ危ないのでは……?


 前みたいに、大角猪とか、そういうデカくてヤバいやつも出てくるのでは……。


 ヤバいぞ。


 何も考えてなかった。このパーティーは規格外で、常識から外れっぱなしだということを、俺は忘れていた。


 なんということだ。


 こういう時は……ダイン!


 ダインの近くにいれば、とりあえず安全だ。盾だし治癒だし、虫除けだし。


 俺はさりげなくダインの横に行った。


 ダインは眠そうな目で俺をチラッと見下ろして、フンって鼻で笑いやがった。


 そんな顔しても離れてやらんからな。


 張り切って進むご主人たちの背に、新たな波乱の予感がした。



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