162話 休養日



「おい、アウル。採集に行くぞ!」


 クッションとダインに埋もれていたら、テンション高めのアキがやってきた。


 朝に行ってきたのでは。採集。


 というか、俺たち今帰ってきたばかりなんですが……。そりゃあ行きたい気持ちはあるけど、今?



「アキ、今日はダメだ。アウルは疲れてる。明日だよ」

「……昼からなら行けるだろう」

「ダーメ」


 ノーヴェにたしなめられて、悔しそうなアキ。


 これが方々で伝説とか聖人とか崇められてる男の実態だ。食い意地が、思考の8割シェアである。


 アキは、アキだなあ。


 俺はクッションから離れ、収納鞄をごそごそしてアキに瓶詰の残りや空き瓶を渡した。


 おいしかったです。

 ごちそうさま。



「ちゃんと料理できたんだな。えらいぞ」


 アキは少し機嫌を直し、褒めてくれた。


 瓶詰にはずいぶん助けられた。でも出来立ての料理にはかなわない。はやくアキのごはんを食べたい。


 期待に満ちてアキを見上げる。アキはしばらくじっと俺と視線を合わせたのち、すごすごと厨房へ引っ込んだ。勝った。何の勝負に勝ったのかわからないけど。


 昼が楽しみだなあ。


 まあ、その前に俺には大仕事が待っているが。


 掃除です。俺の本業。



 目を逸らし続けていたが、拠点の居間はわりと惨状だった。


 しばらく誰もいなかったはずなのに、どうしてこんなに散らかっているのかな。ああ、風呂場を見るのも怖いぞ。洗濯物めっちゃ溜まってそう。


 ……溜まってました。泥だらけのやつが。


 昼食までの時間を、掃除と洗濯、それから旅装備の手入れなどに費やした。採集に行ってる場合じゃない。


 俺がいなきゃダメになってないか。


 うれしいことだけど、それでいいんだろうか。


 ……まあ、いいか。


 風呂場で水球をぐるぐるしながら、日常を噛みしめた。



 多々の用事を済ませていると、ついに昼食の時間になった。


 収穫祭で手に入れた食材がふんだんに使われている。ふかした芋の料理と、肉巻き野菜と、チーズの乗ったパン。


 ふわふわのパン!これを食べたかった。チーズも農家で何種類かもらってきたんだって。買い足したものもたくさんあるという。


 俺とご主人、それからノーヴェはむしゃむしゃとがっつくように食べた。おいしい!おいしいよ!



「市場の野菜よりうまい!」

「今が食べ頃だからね」

「もう少しあちらに滞在したかった」

「酒は?」

「蒸留酒の樽をいくつか買った。葡萄酒も」

「よォし」

「……稼いだ分より買った物のほうが多いんじゃないか」

「美味けりゃいいだろ」


 こうしてみんなで賑やかに食事するのが久しぶりにかんじる。ああ、やっぱりアキの料理だよ。


 ふかした芋、シンプルな味付けなのに素材がいいからか、ほくほくでとてもおいしい。これチップスにしたら最高だろうな……油がもったいないから難しいかな。


 こっちの世界ではちょっと油が高いみたいだ。オリーブ油みたいな果実からとれる油や牛脂みたいなのはあるけど、揚げ物に向いてるかどうか。他にはどんな油があるんだろう。


 揚げ物自体はあるけど、家庭ではあまり作らない。屋台や料理屋で出されることがあるかな、くらいのものだ。


 健康のためにはそのほうがいいかな。


 それにしても、料理してくれる人がいるってありがたいことだ。旅で料理番をやってひしひしと感じました。アキ、いつもありがとう。


 最高の昼食会になった。


 昼でこれなら、晩はどうなっちゃうんだろう。怖くて楽しみ。



 そして現在。


 俺たちは風呂屋にいた。



 ええっと、なんでこうなったのか。


 ……ダメだ、脳が溶けてる。適温のお湯が気持ちいいなあ。ここに住みたい。


 そうそう、昼ごはんを食べてからしばらくしてノーヴェが「風呂屋に行こう!」って言って、アキ以外のみんなで行くことになったんだった。


 あ〜……旅の疲れが溶け出していくようだ。最高。


 やっぱり疲れてたみたい。それに最近寒くなってきたから体が冷えてたのかも。


 効く……。


 最初のプールみたいなぬるめの大風呂にいるんだけど、時間帯のせいか人はほとんどいない。


 ノーヴェは新しい薬草の蒸し風呂があるとか何とか言ってご主人と一緒に試しに行ってしまった。ここにいるのはリーダーとダインと俺。


 静かでいい湯だなあ……。


 今日はみんなの休養日ってことだな。

 アキは休む気はないみたいだけど。


 リーダーとダインもくつろいでお風呂を楽しんでるようだった。



「治癒師の会合はどうだった?」

「……退屈だったぜ。頭の固ェやつらと顔付き合わせて何が楽しいんだか」

「有益な情報はあったんだろう」

「まァな……『粉』の禁断症状緩和を研究してるやつの報告は、興味深かった」

「!」


 『粉』の話!


 そうか、治癒師の中には『粉』の治療法を研究してる人もいるんだよな。サンサの冒険者組合支部の元支部長、あの人も被験者になるみたいなこと言ってたし。


 俺は2人の会話に聞き耳を立てた。



「……どォも、他の依存性のある薬物たァ違うみてェだ。従来の薬物と同じ方法じゃ、『粉』は抜けねェ。『歪み』に触れた人間の治療と同じ方法が一番効いたんだと」

「それは確かに興味深いね。『歪み』の治療となると……『浄化』かい?」

「そォいうこった」


 む、『粉』依存の緩和には『浄化』が効く?それはいいことを聞いたぞ。


 ということは、『粉』には『歪み』の性質があるということか。


 俺は昨日ご主人と話していたことを思い出した。確か、『粉』の原料になる花は『歪み』で変異したものだって。


 なるほど。納得だな。


 数多ある薬物の中で、どうしてあの『粉』が飛び抜けてやばいのかわかってきた。


 まあ、俺はまだ『歪み』を見たことないし、どういうものかいまいちわかってないけど。


 うーん、難しいことはもう考えたくないや。



「……アウル、そういえばセリュカに会ったんだったね」


 湯に思考を溶かしていたら、リーダーは俺に話を振ってきた。


 あ、そうだった。手紙に書いたきり、何の説明もしてなかった。


 リーダー、気を揉んでたかもしれないな。こうして話すタイミングを伺ってたみたいだし。悪いことしちゃった。



「それで、その……彼女と話したのかい?」

「オメェが心配してたって伝えたってよ」

「そうか……」


 ダインが通訳してくれた。


 きっとダインは知ってることなんだろうな。でもご主人にも話しちゃったけどよかったのかな。


 いまさらながら、余計なことをした気がしてきた。俺はリーダーの平穏を壊していないだろうか。


 ちょっとネガティブな気持ちになっていたら、ダインにほっぺをつんつんされた。



「んな顔すんな。ん?……ジャミユの帯飾りを渡した?そォしたら喜んでた?ほォ……」

「ありがとうアウル。僕の代わりに彼女の安全を願ってくれたんだね。……どうしてそんな顔をしているんだい」

「オメェが秘密にしてたんじゃねェかって、気にしてんだろ」


 そうなのか、と言ってリーダーはゆっくり息を吐いた。



「……秘密にしているわけじゃないよ。ダインも知っていることだ。彼女は、その……僕の血縁者だから、気にかけていたんだ。元気だと知って安心したよ」


 微笑んで、俺の頭に手を置いた。それでも、リーダーの笑顔がほんの少しこわばっている気がした。


 セリュカの話は、リーダーの深いところに踏み込むことになるんだなと直感した。無闇に立ち入るべきじゃない。



「君も大変だったね。巨大な魔物が卵から孵って、ハルクが星を落として倒したって聞いたよ」


 すっと話題が俺たちの旅のほうに向く。


 魔物の話から逃げ続けるのは無理だったか……。改めて聞くと、ちょっと耳を疑う話だな。とても現実とは思えない。



「おい、その話は冗談じゃなかったのかァ?なァ?…………嘘だろ」


 嘘みたいな本当の話なんですよ。


 俺の思考を読み取ったダインの顔が唖然としていくさまが、なんだかおかしかった。


 いい湯だなあ。



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