161話 ただいま




 街道を走って数時間。


 王都の街並みが見えてきた。


 ついに帰ってきたぞ、とても長い3泊だった……。


 前に王都に入った時は南からだったけど、今回は東から。雰囲気は少し違う。


 東は軍関連の施設が多いみたい。闘技場もある。南よりキリッとしてる気がするな、人も建物も。


 東区の真ん中には、大戦士の聖人ベハムーサの巨大な像が建っていた。


 近くで見て、ベハムーサが女性だったことを初めて知った。


 前屈みで、片手には長い槍、もう一方の手は地面のほうに伸びていて、何かをすくい上げるような手の形になっている。風になびく布が幾重にも体に絡んでいる。


 精悍な顔立ちで前方を睨みつけていた。


 どんな人だったんだろう。きっと強かったんだろうな。ご主人とどっちが強いかな?


 今にも動き出しそうな、なんとも迫力のある石像だ。

 

 よくこの形状で彫れたな……あ、魔法か。


 馬車はちょうど顎の下あたりを通った。そこ、通っていいの?って不安になるけど、当たり前のように像の下を馬車や人が行き交ってる。


 それほどまでに巨大です。


 聖人アダンの像も巨大だけど直立してるから、今みたいに像の下をくぐるのは新鮮な体験だ。


 王都、知らない場所がいっぱいだ。


 馬車は、そのまま中央区の冒険者組合本部まで走った。


 俺たちはここでお別れ。


 たった四日間の付き合いだったけど、とても良い旅仲間だった。


 本部前の道路でみんなそれぞれに挨拶を交わした。


 俺は傭兵組にひと通り頭を撫で回されたあと、タリムに向き直った。


 タリムはそっと俺の肩に手を置いた。タリムは要所要所でちゃんと俺の意思を確認して、ひとりの人間として扱ってくれた。


 大人として認められたみたいで、うれしかったよ。



「君には少し厳しい旅になってしまったが、よくやったな。報酬がないのが残念だが……駄賃代わりに、ほら、これをやろう」


 紙に包んだ何かを渡される。


 これは……飴?


 カラフルな色付きの丸い飴玉がいくつか入っていた。完全に子供扱いじゃん……甘いもの好きだからよし!


 喜んだ俺を見て満足したようだ。



「また、ハルクと一緒に図書館へ来るといい。歓迎しよう」


 それは行きたい。みんな王都が拠点だから、いつでも会える。


 新たな縁というのは、いいものだな。


 ご主人とノーヴェも傭兵組と挨拶していた。



「……ハルク、また連盟に来てくれ」

「どうせ合同訓練で会うさ、お前らも都合が良かったら参加しろよ」

「ハルクが合同訓練の監督官だったな、そういえば」

「俺、次は真面目に参加するわー」

「ノーヴェの魔法の話はわかりやすかった。また教えてほしい」

「もちろんだ、体に気をつけて、リリガル」

「よき巡りを」

「よき巡りを!」


 さよなら、またね!


 傭兵組、学者組を乗せた馬車は冒険者組合本部から去った。俺たちは見えなくなるまで見送った。


 それから本部へ入った。


 こうして、波乱万丈だった遺跡調査の護衛依頼は無事に終了となったのだった。




 本部の中は、なんか賑やかだった。


 年末だから?と思ったけど、どうも様子が違う。みんな背負い籠や木箱を担いで買取窓口へ意気揚々と向かっている。


 まだ午前だけど、もうそんなに採集してきたの?どうなってるんだ。


 依頼終了の手続きの窓口へ向かいながら、ノーヴェがため息をついた。



「北西の森、大変なことになってそう……」

「あー……俺、急に帰りたくなくなってきた」

「帰ったらアキにこき使われるぞ、これ」


 ん?そういえば真獣のデカ犬のせいで森が豊かになったとか何とか……って言ってた気がするけど。


 ここまですごいことになってたの?


 そりゃアキ大歓喜だろうな。


 俺も採集の分は自分の取り分だから、稼ぎどきだ!今からでも行きたいくらいだ。



「ハルク!ノーヴェ!アウル!」


 依頼終了の手続きを終えてから帰ろうとすると、大きな声で呼ばれた。


 振り返ると、リーダーがいた。


 えーー!?


 リーダー!リーダーがいる!なんで!


 俺はものすごく嬉しくなって、走った。


 走って飛び込んできた俺を、リーダーはしっかり受け止めてくれた。


 リーダー!会いたかった!


 日常だ。やっと日常に戻ってこれた!


 前にノーヴェが出迎えた俺を絞めながら「日常……」と言ってた気持ちが、めちゃくちゃわかった。


 もう「日常……」って言葉しか出てこない。


 リーダーは俺の頭をよしよしして、背中をぽんぽんして、顔を両手で挟んでのぞき込んできた。


 リーダー、ちょっと日焼けした?鼻とほっぺたが焼けてるかんじがする。



「心配していたよアウル。元気そうでよかった。怖くなかったかい?大変だっただろう、無事な姿を見せてくれてうれしいよ……ノーヴェ、ハルクも元気そうで何よりだ」

「心配かけて悪かったよリーダー」

「大変だったよ、今回の依頼は……」

 

 本部で会えると思わなかったから、びっくりした。うれしい。リーダーがいるっていうだけで、この安心感だ。



「僕の方は早朝からアキに森に連れ出されてね……採集したものを買取に出してきたところだ。君たちに本部で会えるかもしれないとは思っていたけど、ぴったり合ってよかった」


 さあ、帰ろう。そう言ったリーダーの後に続いて厩舎へ向かった。あ、ルオくんがいるぞ。


 リーダーが乗ってきた馬車に乗って拠点への道を走った。


 中央区と西区を抜け、少し小高い丘の上に拠点が見えてきた時、何とも言えない気持ちになった。


 あそこが俺の家だ。


 帰る場所があるって、なんて素晴らしいんだろう。


 この世界に来て初めての気持ちだ。

 胸がぎゅっとなる。


 玄関に入ると、拠点の匂いがした。少ししか空けてないのに、すでにもう懐かしい。


 廊下を抜け、居間に入り──ヤツがいた。


 その後ろ姿を見た瞬間、俺はまた走った。


 そしてなぜかノーヴェも走った。



「ダインーーー!」

「あァ?」


 ぼすっ。ぼすっ。


 巣で埋もれていたダインに、2人で飛びかかった。予想通り、やわらかく受け止められた。ちょっと呻いていたが、ダインなので大丈夫だ!


 認めたくないが、会いたかったぞ!



「うわ……やわらか…………」

「なんだオメェら……帰ってきたのか」


 やわらかい筋肉!これです。これが世界を救いました……世界は大袈裟か。ミズラを救った筋肉です。


 ダインは戸惑いながらも、俺たちの頭にぽすっと手を置いた。



「……おかえり」


 ただいま。


 俺は頭の中で返事をした。


 帰ってきた!



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