160話 マルガたちの来歴
領主次官の一行との別れは、実にあっさりしたものだった。
タリムが執事さんに別れを告げ、みんな馬車に乗り込んで出発。
また会えたらいいな。
同じ王都にいるんだ、遠くから見かけるくらいのことはあるかも。
たくさんの驚きをもたらした彼らを背に、馬車は霧の街道を走り出した。
もうすぐカントラ大河の橋が見えそう、というところで停車。そして朝食。
なかなか霧が晴れない。
晴れてからじゃないと、橋を渡るのは危ないみたいだから、すこし待った。
朝ごはんを用意していたら、時間があったからかリリガルが薄焼パンを分けてくれた。トルティーヤみたいなやつ!おいしい!
蒸し固焼きパンもいいが、薄焼きパンもいいものだなあ。やっぱり、とうもろこしを使ってるのかな。香ばしい。肉と野菜を挟んだら、最高の朝食になった。
お礼に、いつも食べてる瓶詰の料理を分けてあげたら、傭兵組と学者組はとても喜んだ。アキの料理だからな。おいしいでしょう。
俺が作ったわけじゃないけど、ちょっと誇らしかった。
霧がかなり晴れたので、街道をさらに進む。
俺はまた御者席に座らせてもらった。マルガも一緒だ。
走っていると、すぐに橋が見えてきた。
数字が書いてある石碑みたいなやつも。
結局、この橋の由来については聞きそびれちゃった。でも、1000人の魔法師が一斉に作った説はありかも、と思う。
昨日、イスヒたちが一瞬で建物らしきものを作ってるのを見たからなあ。1000人とはいかないまでも、100人くらいいたら、一晩で作れそうだ。耐久にバラつきとか出るかもしれないけど。
歴史っておもしろい。
ご主人が歴史書や古文書を読みふける気持ちが、少しだけわかった。
また遺跡探索してみたいな。……魔物の卵とか、そういうハードでヘビーなものは無しのやつで。
カントラ大河は相変わらず巨大だ。
所々に霧をまといながらどこまでも流れていく。
よく目を凝らすと、小さな舟、それから桟橋のようなものが見えた。
川で漁をしてるのかな。
よ〜く見ると川の中に規則的に杭みたいなのが立ってる。特徴的な形で並んでて、ナスカの地上絵みたいだ。あれは何だろう。魚を獲る仕掛けだろうか。
「あまり身を乗り出してはいけない」
熱心に眺めすぎて、ちょっと馬車からはみ出してたところをマルガに引っ張られた。
「たくさんの水が珍しいか?俺も初めて見た時はびっくりした。海かと思ったよ」
うん、海か湖って言われても信じそうな大きさだ。
すれ違う馬車に一緒に手を振る。
「知ってるか、飲み水を出す魔法は水が豊富な地域でないとうまく使えないんだ。……俺たちの祖先は西の果ての砂漠から来た。砂漠では、魔法で水を出そうとしても僅かしか出せないそうだ」
そうなのか。何も考えずに出してたけど、魔法の発動って周囲の環境に左右されるんだな。初めて知った。
砂漠でも魔法で出せるじゃんって思ってたけど、世の中そう上手くは行かないようだ。
マルガはまた話を続けた。
「『太陽の民』の祖先は、その昔戦いに明け暮れていた。周囲の民族を征服し、森や畑を焼き、どこまでも進軍した。そして森の怒りを買って、国土は砂漠になった。散り散りになり『太陽の民』は流れ者になったんだ」
マルガは太陽の民の歴史を話してくれた。それから、自分たちの話も。
マルガたち3人は、ミドレシアではない別の国の傭兵団で生まれたという。
太陽の民の傭兵団は一つの家族というか、夫婦とか結婚って概念がないらしく、マルガたちも父親がみんな違うんだって。
父親が誰かは不明なこともあるが、母親ははっきりしてる。だから大抵の太陽の民の一族は、母親を中心に形成されるという。
リリガルは、一族のそういう在り方が気に入らなかった。それに戦闘も好きではなかった。だから弟のマルガとまだ幼いルーガルを連れて「独り立ちする」と言って団を抜けた。
血を濃くしないために子が団を離れる風習もあったので、あっさり抜けられた。
しかし、そこからが大変だった。
3人はミドレシアを目指した。その旅路は決して楽じゃなかった。
「団にいれば安全だったけど、出てしまうと、石を投げられたり宿に泊まれなかったりするようになった。馬車に乗せてもらえなくてひたすら歩くこともあった。雨に打たれながら森の端で野宿したこともある。……リリは大人だったけど、俺とルーはまだ大人じゃなかったから、大変だった」
どうにかしてミドレシアに辿り着き、人の悪意は少し和らぐ。それでも小さな街では食べ物が買えなかったり、狩った動物の毛皮を買い取ってもらえなかったり罵声を浴びせられたりもした。
それを聞いて、俺は心が痛んだ。太陽の民への偏見は思ったより根深いんだな。
俺もひどい暴力に直面してきたけど、多数の見知らぬ人々からの悪意に晒されるのは、きっと別のつらさがあっただろう。
マルガはそんなつらさを微塵も感じさせず、淡々と情報誌の文章を読み上げるように話を続けた。
「……ようやく王都に着いて、そこで路銀が尽きた。市場の真ん中で、俺たち3人は途方に暮れた。知り合いもいない場所だ。腹も減ってるし、行く当てもない。もうこっそり食べ物を盗むしかないって思った時だった」
串焼き肉の屋台の店主が、彼らに声を掛けた。
そして3人に串焼きを差し出した。
「俺たちは身構えた。どんな魂胆があるんだろうって。でもその店主は言ったんだ、『自分は昔、露頭に迷って腹を空かせていたら太陽信奉者の子供に食べ物をもらったことがある、本当に助かった』って。だから、俺たちを助けることにしたんだという」
ん?何か聞き覚えがあるぞ、その話。
でも別の人かもしれないし……。
淡々と話していたマルガは少し嬉しそうな目になった。
「その子供が言ったんだって、『奪う者は奪われ、与える者は与えられる』。串焼きをくれた店主はやっとその子供に返せたって笑ってた。不思議だったよ、誰も俺たちを知らない街で、同じ太陽の民の子供に助けられたなんて。……だから、リリは王都に住むと決めた」
そっか。
その子供、多分うちにいる気がする。子供というかもう大人だけど、今ごろ野菜の泥落としとか仕込みとかで忙しくしてるはず。
奇縁だなあ。
その後、彼らは傭兵団連盟を訪れ、今に至るという。
マルガは本当は戦いは好きじゃない。だけど、傭兵団に入り武器を持った途端、石を投げられることも罵声を浴びせられることもなくなった。
「戦いが嫌で家族から離れたのに、結局俺たちが平穏に生きるためには、武器を持っていなければならない。皮肉だ」
そうなのかな。
なんか悲しいな。平和って難しい。
でもマルガはぜんぜん悲しそうじゃなかった。
「ハルクが、傭兵団連盟の修練場を壊した時、すごいと思った。感動したんだ。それで気づいた、俺はやっぱり傭兵なんだって。これでいいんだって思えたんだよ」
静かな声だけど、マルガは俺にわずかに微笑みかけた。
ご主人の破壊力を前にすると、確かに何もかも吹っ飛ぶよな。気持ちはわかる。
俺はマルガに笑い返した。
そうして、馬車は橋を渡り終えた。
すごい景色を見ながら、すごい話を聞いちゃったな。
それだけ、マルガが心を開いてくれたってことかも。深い話をしてくれて、少しうれしかった。知らなかったことも、たくさんあった。
この世界でも、差別や偏見は根深い。
それを覚えておこうと思った。
後ろの席では、イスヒが採取した地層のことを興奮気味に捲し立てていた。みんな仲良くなってよかったな。別れるのがちょっと寂しい。
「……アウル、お前が羨ましいよ。傭兵は奴隷にはなれないから」
たしかに傭兵にとって武器を持てないのは致命的だけど、羨ましがるほどのことかな。
羨ましがるほどのことかも。俺、幸せなので。
「俺の代わりに、ハルクを支えて、その偉業をしっかり見て、覚えておいてくれ」
そう言って、マルガは俺の頭にぽんと手を置いた。
何か託されてしまった。
そのつもりだよ。
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