149話(別視点) 歪
遺跡についての真実を知ったのはいいとして。
タリムは、さらに恐ろしい事実に思い至って頭を抱えた。
「話してくれてありがとうハルク。この話は、私の胸の内に秘めておくとしよう。……もっとも、遺跡の真実について知る者が少なくとももう一人、存在するわけだが」
「……『炉』と燃料を盗んで、卵を孵化させた奴だろ」
「一体どこの誰が、どうやって知ったというんだろう」
そして何の目的で。
問題はまだすべてが解決したわけではない。
賑やかな音楽が流れるが、置いていかれたような気分になる。タリムの心労は増す一方だった。
タリムの心配をよそに、ハルクは気楽な様子だった。
「それは……気にしなくても大丈夫じゃねえか?」
「そうは思えないが」
「まあ、確かに野放しになっているのは問題だが。だが、いくら古代の知識があって、文字が読めて、悪意があったとしても…………遺跡がなくなったんじゃ、そいつは何もできないだろ」
「……」
若干呆れた目でタリムはハルクを見やった。それは遺跡を壊した張本人が言って良いことなのだろうか。
まさかそれも遺跡を壊した理由に含まれるのだろうか、とタリムは邪推した。
「その何某が村人に危害を加えないという保証はないぞ」
「どうだろう、遺跡を再稼働させるだけの知識を持つ奴が、目先の小さな村をどうこうするとは思えないが…………心配なら、後で見回っておくよ」
「無理はするな。傭兵団に任せたまえ」
「見て回るだけだ、大丈夫」
「まったく、君という人は……」
タリムは続く言葉をぐっと飲み込み、果実酒を煽った。
「何はともあれ、よくやってくれた。予想外に危険な依頼になってしまったから、報酬は少しばかり上乗せしよう」
「そいつはいいな、ありがとう」
ようやく、ハルクが本当の笑顔を見せたとタリムは感じた。
今日一番の功労者だというのに、音楽や踊りに加わることなく、輪の外からそれをぼんやりと眺めている。
その姿が、何とも物悲しかった。
ハルクは小さく呟いた。
「これで、この村も解放されるな」
「解放?」
「だって、考えてもみろよ。こんな何もない場所で何百年も村が存続してるって、すごくねえか?」
「たしかに、周囲にもいくつか村はあったようだが、皆消滅していったようだな……君は、遺跡があったからナクレ村だけ残ったと言いたいのかい」
「どう思う」
「……そうだな。村の家の壁にあった菱形文字、あれは軽めの契約のようにも見えた。彼らはこの土地に緩やかに縛られているのかもしれない」
「だろ?きっと、遺跡が悪用されないための番人……もしくは、生まれなかった『主』を悼むため残ったんだ」
いずれにせよ、遺跡は崩れ、魔物は消えた。この村が今後どうなっていくのか。それは誰にもわからない。
彼らは、今はただ喜びを分かち合っていた。
ほんの少し間違えただけで、その笑顔を見られなかったかもしれない。
「……ごめん、タリミラ。もっとはやく相談していればよかったよ」
ハルクは、小さく謝罪した。自分が決定したことの影響の大きさを、今になって実感したのかもしれなかった。
「ふふ、ようやく気付いたか」
「うん……俺はいつもそうだなんだ。何もかも、うまくやれない。今回のこともそうだ」
「君の直面する問題は、いつも途方もなく大きいからな。そういう巡りの下にいるんだろう。うまく収めているほうだと思うぞ」
「そうかな……俺は他の人と違いすぎるんだ」
「確かに君は際立っているが…………まあ、これを見たまえ」
タリムはランプを掴み、近くにあった石垣を照らした。
大小様々な石があり、一見すると無造作に積み上げられただけに思える。
「この村には、時代ごとの様々な石垣があって興味深いのだが……特にこの石垣、古代より伝わる素晴らしい技術でね。他の石垣は先程の揺れで崩れたところもあったが、これは全面持ちこたえた。王都でもこの様式は見られる」
「そうなのか、さすがタリミラ。建築物をよく知ってるな」
「……ではハルク、この中で一番大事な石がどれかわかるかな?」
「さあ、その平べったいやつか?」
「残念、不正解だ……正解は、これだ」
タリムが指差したのは、歪な形の小さな石だった。まわりの大きい石と比べても目立たず、隙間を埋める以外の役割があるようには見えない。
ハルクは首を傾げる。
「これが?」
「この石、歪な形をしているだろ?表に出ている部分はわずかだが、裏側で周囲の石をがっちりと繋いでいるんだよ。これによって、ずれることなく、強固な垣となるんだ…………この石が、君なんだよハルク」
ハルクは理解できないようで、さらに首をひねった。
「君は、確かに歪ともいえる人間だ。多面的で、それらの釣り合いがとれていないようにも見える。それゆえに軋轢を生んでしまうこともある。……だが、その歪さが人々を結びつけてもいるのだよ」
タリムは手のひらで村の方を示した。
ゆるやかな音楽に乗って、今は村の腕自慢の男性とハンザールが、笑いながら木剣で軽い手合わせをしているところだった。
それを共に眺め、囃し立てる傭兵たち、イスヒ、そしてノーヴェ。楽しそうに眺めているアウル。
「傭兵と冒険者、学者、それに奴隷、村の人々。本来交わることない者たちが、肩を寄せ笑い合っているのは、ハルク、すべて君の功績だ。皆、君に惹かれて集い、仲間となった。まるでこの石のように」
「…………」
「奇跡だよ。他の誰にもできない偉業だ。誇りたまえ。そして、ぜひとも仲間に頼りたまえ。そうすれば君は今よりもっと力を発揮できるだろう」
「…………そうか」
タリムの言葉をゆっくりと飲み込みながら、ハルクは石垣の小さな石を撫でた。
ハルクが何を感じ、何を考えているか。それを推し量ることはできなかった。珍しく弱音を吐いたこの友人の心に、何か響くものがあるといいが。タリムはそう願う。
ハルクは顔を上げタリムを見た。ランプに照らされたその顔は、今までとは少し違い、柔らかくなったように思える。
「少し元気が出たよ、タリミラ。心に留めておこう」
「そうするといい」
「さて、そろそろアウルを寝かせないとな」
「ああ、明日も早い。よく休んでくれ」
タリムに別れを告げようとして、ふとハルクは立ち止まり、木箱の上にあった野の花を手に取った。
「これ、どうしたんだ?」
「ん?ああ、それは村の少年がくれたんだ。何でも、植林地の端に落ちていたそうだよ」
「へえ、綺麗だな……じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
ハルクはくるくると茎を回して花を見つめたあと、そっと花を置いて、アウルの元へ向かった。
その後ろ姿を見送りながらタリムは何気なく花を手に取り……すぐに手放した。
カラン、と硬質な音が響く。
その音にタリムは思わず笑った。
「花を凍らせて枯らさないようにするとは、なかなか夢想家なところがあるじゃないか、ハルク」
***
次回より主人公視点。
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