150話 きょうのできごと
宴はだんだん盛り上がってきて、音楽や踊りまで登場した。笑い声が賑やかだ。
こっちの世界でこういうの、初めてだな。
たのしい。
音楽は横笛と、タンバリンみたいなやつで演奏される。リズムはゆったりとしている。
驚いたのは、リリガルとルーガルが踊りを披露してくれたことだ。特にリリガル。クールな武人というかんじの人なのに踊りがすごくうまい。
村の人たちもそれを見て喜んで、自分たちも踊り始める。
最後にはハンザールが村の人と剣の手合わせを始めた。もうめちゃくちゃだ。
傭兵組はまだ仕事中だから酒は入ってないはずだが。
ちょっとお酒の入ったイスヒも楽しそうにいろんな人に絡んでいた。絡まれたノーヴェは鬱陶しそうに引き剥がしている。マルガはされるがままだ。
うん。宴はこうでなくちゃな。
俺も手を叩いて加わった。
「そろそろ寝る準備するぞ」
いつの間にか起きていたご主人が俺の肩に手を置く。
もうそんな時間?もうちょっと、この雰囲気に浸っていたかった……。
名残惜しく振り返りながら、ご主人に手を引かれ村長の家に戻った。
村長の家にはいくつか部屋があり、冒険者組3人でひとつの部屋をあてがわれている。ちょっと狭いけど、ご主人たちは交代で見張りもするから、全員で一緒に寝るわけじゃない。
宴の音楽や笑い声は、家の中にいても聞こえてくる。
あ、そういえばリーダーから手紙が来ているはず。
石の床に敷かれた絨毯の上で寝床を作りながら、それを思い出した。
転送ポーチを改めると、確かに紙が1枚入ってる。来てた!今日のは読めるかな。
「ご主人、手紙きました」
「リーダーからか?よし、読んでみよう」
お、今日のは昨日より読めそう。字の間を空けて大きい字で書くだけで、ぜんぜん読みやすさが違うんだなあ。
「シュザから、アウルへ……今日、は、にはこび、を……て、てすら?」
「手伝った、だよ」
だいぶ読める!
けどまだまだだな……。
「アキ、は今日も、しあわせ……野菜がいっぱいだったのかな」
「ほら、続きに『蜂蜜をたくさんもらった』ってあるぞ。よかったな」
「はちみつ!」
甘いおやつを作ってくれるかな?
ご主人に手伝ってもらいながら、何とか手紙は読めた。すごく簡単な文法だけで書いてくれたみたい。
俺も返事を書かなきゃなあ。
木箱の上に紙をセットしながら、今日あったことを考える。
遺跡に到着して、探索した。
すると、めちゃデカ魔物の卵が孵って大変なことになった。
ご主人が隕石を落として何とかなった。
遺跡は跡形もなく消えました。
……これ、どう書いたら?
とりあえず、鉛筆を握って単語を並べてみる。『遺跡』が分からなくて、『魔物』は書けた。
これもご主人に教えてもらいながら書いてみる。単語を並べた紙を見て、ご主人はうーんと唸る。
「アウル、繋げる言葉を使ったらどうだ?……ほら、『遺跡』『壊れた』の間に『が』を入れると読みやすい文になるぞ」
「いせき、が、こわれ、た……」
「よし」
助詞(多分)を覚えた!
とはいえ、助詞によって語尾とか活用が変わったり、その逆もあったりするから、すんなりとはいかない。険しい道のりです。
手伝ってもらってどうにか書き上げた手紙。いつもよりちゃんと文章だ。進歩!
俺の文章をチェックしながら、ご主人の表情は曇っていく。
「ちゃんと書けたけど、これ読んだらリーダーすげえ心配しそう……」
確かに。内容が不穏しかない。
誇張も嘘も無いのに。
余白にご主人が注釈というか、補足を書いてくれた。これなら大丈夫かな。
よし。
ポーチに入れて送信!
遠くにいてもやりとりできるって、いいな。ノーヴェのこれ、すごい発明だ。魔法ってすごい。
「今日は疲れたろ。本はまた明日にするか」
「む、マールカいいところだったのに……」
「本は逃げねえよ。ほら寝ろ」
ちょっと残念だったけど、絨毯の上で毛布にくるまった。ご主人がランプに布をかけて暗くしてくれた。
外からは、まだ音楽と笑い声が聞こえる。大人のみんなはまだ寝ないみたいだ。
今日はいろいろあったな。
本当に、いろいろ。
命の危機を感じたのは久しぶりだ。
固めの寝床だったけど、まぶたは自然に落ちてくる。すぐ寝ちゃいそう。
「ご主人……おれの名前、歌うたいと似てるって」
「誰がそんなことを?」
「……長老です…………アウリだって」
「長老と話したのか」
「歌うたいからとった名前ですか……」
「……違うよ、もう寝ろ」
ご主人の声が遠くなる。
なぜか、外の音楽がよく聞こえた。
初めて聴く旋律なのに、どこか懐かしくて、心が安らいでいく。
ああ、そうだ。あれも聞かなきゃ。
でも眠いな。
「……マハルカン……オルレイヤ…………」
「!……どこで、それを…………」
ご主人が何か言ってるのが聞こえた。
肩をゆさゆさされてる。
けど、俺はそのまま眠ってしまった。
その夜、夢を見た。
浅く広い川の中に立ってる夢だ。
ひんやりとした水が、夜空を映してきらきらと輝きながら足首を通り過ぎていく。
それが長老の言っていた『夢の河』なのか、それとも俺の想像の産物にすぎないのか。それはわからなかった。
ただ、どこまでも緩やかに流れていく水の上に立っていると、どこへでも行ける気がした。
きっと、繋がってる。
***
(一方その頃のシュザ/別視点)
「アキ、アウルから返事が来たよ。……おや、今回はちゃんと文章になっているね。ノーヴェかハルクに手伝ってもらったのか……な……!?」
「どうした」
立ち上がったシュザが天幕の上部に頭をぶつけた。獲得した野菜の泥を落としていたアキは、何事だろうとシュザを見上げる。
「あ、アキ……大きな魔物が出たって!」
「ほう、遺跡に棲みついていたのか」
「いや、卵から生まれたって……」
「?」
「それで、ハルクが星を降らせて、遺跡ごと潰したって……!一体何があったんだ……大丈夫だろうか」
「落ち着け、座れ」
アキになだめられ、シュザは敷物の上にまた座り、深く息を吸った。
アウルのつたなく端的な文章が、かえって恐怖を煽る。
しかし、アキは落ち着いていた。
「そんな手紙を書く余裕があるんだ、無事なんだろう」
「そうだね、少し取り乱してしまったよ……あ、誰かが続きに少し詳しく書いている。この字はハルクだね」
「何と言ってる」
「ええと……」
『巨大な魔物が出て、三人で対処した。遺跡は潰れてしまったが被害はほぼない。アウルもノーヴェも元気だ。心配しないでほしい。それじゃあまた。』
書かれていたのは、ごく簡潔な内容だった。
しばらく二人して無言で紙を見つめる。
ハルクの補足は、何の補足にもなっていなかった。
「……」
「元気だそうだ」
「……本当に大丈夫だろうか……ハルクのことだから心配かけまいとして、ああ言ってるんじゃ……ダメだ、気になって眠れそうにない」
「……買った酒がある。飲め」
「そうするよ……」
眉間を揉み込みながら、シュザは脱力する。そして差し出された瓶を煽った。
巨大とは、どれくらい巨大なのか。どうやって対処したのか。遺跡が潰れてしまうほど暴れまわったのか。本当に怪我はないのだろうか。というかそんな魔物相手にアウルも応戦したというのか。
疑問が次から次に湧いて、シュザの頭の中をぐるぐると駆け巡る。
ノーヴェの開発したこの転送装置は便利だ。しかし、情報を得られたとしても、すぐに会いに行けないというもどかしさも大きい。
便利というのも考えものである。
結局、シュザは状況を尋ねる手紙をもう一通転送し、眠れぬ夜を過ごすことになったのだった。
一方、アキはぐっすり寝た。
***
次回より主人公視点。
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