148話(別視点)祝祭の時



「おやハルク、もういいのかい」

「ああ、心配かけたな」


 村が宴で盛り上がる中。


 少し離れた場所で人々を眺めるタリムの横に、壺と串焼きを手にしたハルクが座った。


 タリムは、村人から提供された果実酒を一杯だけ飲んでいた。


 タリムのかたわらの木箱の上には、干した果物と、野の花と思しきものが置いてある。それも村人から贈られたのかもしれない。



「ノーヴェから聞いたと思うが……」

「遺跡のことなら、承知している」

「調査が無駄になっちまって、悪かったよ」

「ハルク、無駄なことなどありはしない。遺跡調査というのは大抵、両の手のひらを掲げて帰ることになるものだ──つまりは、成果なしだよ。それに比べて今回は、得るものが多かったとも」

「そう言ってくれるとありがたい」


 しばらく、2人は沈黙し、喧騒に耳を傾けつつ食事を楽しむ。


 ハルクが料理をすべて食べ終え、酒壺を取り出したところで、ぽつりとタリムは言葉をこぼした。



「──君、遺跡をわざと壊しただろう」


 酒壺の栓を開ける手を一瞬止めたハルクだが、何事もなかったかのように作業に戻る。



「どうしてそう思う」

「そうだな、理由を挙げるとすれば…………ひとつ、ハルクはいつも冷静で、周囲をよく見ている。皆が忘れていた『炉』に気づいたし、極限の状況で村の財産である植林地をも守った。そんな君が、遺跡に配慮しないとは考えにくい」

「なるほど」

「……ふたつ、ハルクは遥か上空で生成した『星』を寸分違わず魔物に命中させた。そこまで高度な魔法操作と計算が出来る君なら、『星隕』でなくとも魔物を倒せる魔法が使えるはずだ」

「どうかな」

「……みっつ、我々『古語研究同好会』はハルクの表情を読むことに長けている。地下の調査をしている時から、君に何か考えがあったことはわかっていたよ。……ゆえにあれが単なる魔物退治ではなかったと考える」

「……」


 ランプの光では、ハルクの表情を読むのは難しい。しかし見る限り、動いた様子はない。


 ポン、と軽快な音がして、栓が開けられた。



「ハルクよ、本当のことを教えてくれないか。遺跡を壊したことを咎めているのではないよ。今回のことなら君の『契約』にも抵触しないだろう?」


 ハルクは酒壺から小さな盃へ酒を注ぎ、それをゆっくりと口に含む。


 そして、重い口を開いた。



「……なあタリミラ。『森の主』の加護を失ったこの国を想像できるか」


 脈絡のないハルクの問いかけに、タリムは眉をひそめる。



「森……?」

「ミドレシアでは森が豊かだ。それを失うことがどれほど恐ろしいか、わかるだろう。太陽の民がそうだ」


 思わず、傭兵の三姉弟の姿を目で探す。


 彼らは酒こそ飲んでいなかったが、楽しそうに村民やイスヒ、ノーヴェと語らい、笑い合っていた。



「そうだな……かつて『森の主』に見捨てられた彼らの拠り所は、すべての生き物に平等に恵みを与える太陽だけになったと聞く。さまよい、迫害される巡り…………それとどんな関係があるんだね?」

「あの遺跡が建てられた頃、多分この地域も森から見捨てられていたんだよ」

「そうなのか?」

「ああ、建物の造りがそうだ。窓もなく換気口も無い。外から隔離され、建物の中だけですべて完結するよう設計されている。それほどまでに土地の荒廃がひどかったんだろう。だが、高度な技術だけはあった。そんな時代だ」

「ふむ、私はシンティア以前の遺跡は専門外だが……概ね閉鎖的な傾向があるのはそのためか」

「そうだよ」


 誰かが笛と鈴付きの太鼓を持ってきて、音楽が演奏される。ゆるやかな旋律に合わせて、誰かが踊る。


 皆が楽しく興じる姿を眺めながら、ハルクは静かに盃を口に運んだ。



「だから、古代の人間は自らの手で造ろうとしたんだ。──『森の主』を」


 時が止まったように感じた。


 宴の喧騒も音楽も、何もかもがタリムから遠くなる。



「何……?今何と」

「この遺跡は、自分たちで制御できる新しい『森の主』を生み出すための研究所だったんだよ、タリミラ」


 タリムは、身を乗り出したまま固まった。

 今聞いたことが、信じられなかったのだ。


 『森の主』を造る?


 背筋を寒いものが走り抜ける。


 冒険者のように森に詳しいわけではなかったが、『森の主』の役割や存在の大きさについてはタリムも理解していた。


 『森の主』または『森の守護者』とも呼ばれる存在は、森だけでなく命の巡りそのものにも関わっているとされている。


 生命の循環を司る柱なのだ。


 古代の人間はそれを造り出し、命の巡りを操作しようとしたのか。



「……なんと愚かな」

「それほどまでに、森の加護の喪失が苛烈だった、ってことだ」

「では、あのは……」

「新たな森の主になるはずだった、なり損ないの何かだ」

「……どうりで、『祝祭の時は来らず』なんて書いてあると思ったよ。おおよそ魔物の誕生に使うような言葉じゃないからな。あれは新たな『主』の誕生を祝えなかったということだったのか……」


 魔物を造ったつもりではなかったから、あれほど巨大で歪だったのだ。

 

 タリムは納得した。そして同時に、ハルクが遺跡を破壊した理由も理解した。


 あそこは、魔物の生態の研究所などではなかった。もっと恐ろしく忌まわしいものだったのだ。後世に残すべきものではない。



「……『森の主』の造り方など、決して知られてはならない知識だ。君は、あの中央の部屋に記されていた記録を、解読していたんだな」

「実を言うと、中央に入る前から薄々気付いてはいた」

「そうなのか」

「ああ、遺跡の構造が立体文字だって話をしてただろ。あれだけでは意味を成さないが、古代人が対称を好むことを思い出したんだよ」

「なるほど、卵を中心に、地上部にも地下と上下対称の通路があったと」

「そうだ。地下と違って外壁と柱もあっただろうが……そうすると、完成するんだ、『拝殿』の意味を成す字が」

「……『拝殿』、天龍や森の主が住むという天の領域を造ろうとしたのかい。とんでもないな、古代人は」


 まったくだ、とハルクはうなずいてまた盃を口に運ぶ作業を続ける。



「君が星を落とした理由は理解したよ。だが、古代人はなぜ卵を仮死状態にしたのだろうか」

「それこそ、造ったものがだって気づいちまったからじゃねえの。でっかい晶石があったからな」

「……そもそも『主』など、人の手で作れるものではなかろう」

「そうだよ、卵から誕生させようという時点で大きな間違いだ。生物の生まれ方では『主』になんか、なり得ない」


 大きなため息をつき、タリムは脱力した。


 事実は想像よりはるかに重かった。


 そのような重い荷物を背負ったまま生きているのか、この青年は。


 ただの遺跡調査と思っていたのが、とんだ展開になったものだ。


 タリムは気付かれないよう、小さく息を吐いた。




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