147話 ナクレ村の宴



 小さな村の宴は、和やかに始まった。


 村の中心、すこし広くなっているところに敷物を広げて、いくつかランプを灯して各々くつろいでいる。


 料理のいい香りが充満していた。


 特に、ご主人の狩ったデカめの鳥。あれを焼く匂いは大変によいものだ。


 壺で蒸し焼きにした穀類と肉と野菜が、壺ごとみんなに配られる。すごい。向こうの世界では壺焼きって壺を割って食べてた気がするけど、こちらは口が幅広な壺なので割らない。もったいないもんな。


 隣にいるノーヴェと顔を見合わせて、笑った。アキがここにいたらなあ。きっと大喜びだったろう。


 ご主人はまだ寝ている。あとで来るって言ってた。


 宴、というには和やかで穏やかだ。最初こそ「宴だー!」って盛り上がってたけど、今はやかましく騒ぐ人はいない。村人の気質が静かだからかな。それとも、まだ酒が入っていないからか。


 談笑のざわめきが心地いい。


 村の人たちは、わけがわからないまま避難させられて、轟音とか空から降る岩とか揺れとか、すごいものを突然見せられて、きっとびっくりしただろう。


 俺たちのせいではないとはいえ、この静かな村を乱してしまったようで申し訳ない。


 それでも、そういったことをあまり気にすることなく口々に俺たちへ感謝を伝えてくれる。いい人たちだ。


 傭兵団のみんなと学者2人は、一緒に危機を乗り越えたからか、村の人たちに混ざって仲良くやっていた。


 うん。いい光景。


 守れてよかった。



「おまえ、冒険者なのか?」


 料理に舌鼓を打っていたら、少年に話しかけられた。遺跡へ案内してくれた人だ。15歳くらいかな?串焼き肉を齧ってる。


 冒険者見習いは、冒険者のうちに入るのだろうか……。


 答えに迷っていたら、ノーヴェが代わりに話をしてくれた。



「見習いだよ。この子は声が出せないんだ」

「そうなのか、わるかった」

「君は、冒険者に興味があるのか?」

「ちょっとだけ」


 それからノーヴェと少年はいろいろ話をした。主に、この村のことだ。



「聞いてもいいか、あの白い食器は大切なものなのか?」


 ノーヴェが、村の人たちがそばに置いてる白い皿や壺を指して尋ねた。俺も気になっていた。


 村長の家に飾られてる陶器は色とりどりの絵がつけてあったけど、みんなが大事そうに持っていた白い食器は何の装飾もなくて、どれもシンプルな形をしていた。


 特別な物なのかな。



「あれは何て言ったらいいか……墓?」

「墓……?」

「よそではどうか知らないけど、この村では人が死んだら火葬して、残った灰を使って皿を作るんだ。そうしたら、真っ白な皿ができる」

「そうだったのか、だから家から持ち出して一緒に避難したんだな」


 いろんな習慣があるんだな。


 王都では、葬式はどうするんだろう。やっぱり火葬かな。浄化かもしれない。


 少年は、ちょっと得意げな顔をした。



「あの皿はすごく丈夫で、なかなか割れない。だから割れた時は、何か良くないことが起こるって言われてる。そうやって教えてくれてるんだ」

「吉凶を知らせてくれるんだな」

「うん。今日はいろいろ大変ことがあったけど、知らせはなかった。皿はひとつも割れてない。だから大丈夫、乗り切れるってみんなわかってたんだ」


 それで村人たちは落ち着いてたんだ。

 心の拠り所があるって大事なのかも。



「皿は、じいちゃんが全部形を作るんだ……あ、そうだ。じいちゃんが子供の客人と話したいって言って、おれは呼びに来たんだった」

「まさか長老のことか?かなり待たせてるんじゃないか」

「大丈夫だよ、じいちゃん気が長いから」

「そうか。アウル、行っておいで」


 行こう、と手を引かれ、少年によって長老のもとへ連れてかれた。


 ええ、500歳の人にご挨拶ですか。何を話せばいいんだろう。そもそも話せないんだけど。



「じいちゃん、生まれつき目が見えないんだ。だから頭を触って形で人を見分けてる。すごく触られると思うから、びっくりするなよ」


 それは……教えてくれてよかった。


 少し奥のほう、絨毯とクッションが置かれて、長老がちょんと据えられていた。相変わらず人形のよう。



「連れてきたよ、じいちゃん」

「むん?……ウーリオか。こちらへおいで」


 う、動いた!


 両手を差し出す長老のそばに、おずおずと近づく。


 長老は目を固く閉じていた。


 思いの外やさしく、そっと両手で頭を触られ……。


 もみもみ。


 もみもみもみもみ……!


 うわああ……めっちゃ捏ねられてる!?ぜんぜん痛くはないけど、頭を粘土みたいに捏ねられまくる。


 すごい挨拶だな……。



「うむ、良き形じゃ……まだ柔いのう」

「じいちゃん、びっくりしてるよ。村の外の子だし、しゃべれないみたいなんだ。やりすぎたらダメだよ」

「うむ……」


 ウーリオって呼ばれた少年が見かねて長老に物申してくれた。……けど、聞いてねえな、これ。こねこね止まらん。粘土になっちゃう。



「そなた……夢の河を渡ったのじゃな」

「?」

「じいちゃん、何だ?夢の河って」


 夢の河?


 何のことだろう。



「夜に夢を見るじゃろう、夢の中に河がある……大きな河じゃ……そこには人々の落とした悲しみや喜びがたくさん漂っておる…………そして、その河を辿れば何処へでも行けるのじゃ。遠く遠く離れた、大地の果てへも」


 俺がそれを渡ってきた?


 向こうの世界の記憶のことだろうか。それとも前に見た、たくさんの悪夢のことかな。


 長老には、俺の何が見えているんだろう。



「何それ、おれも行ける?」

「行けるとも。儂も夢の河で同胞はらからと相見えて語らい、笑い合っては美しき景色を眺めたものじゃ……大海原に沈む赤き陽、萌出る春の芽を摘み、かの英傑が鎮めた大白蛇の滝を見上げ、夜空の星を数え…………」

「じいちゃん、目が見えないのに色がわかるんだ」

「夢の中は何でもできる、何でも見える、何処にでも繋がる…………」


 夢の中で、どこかに繋がってる?

 向こうの世界にも行けちゃう?


 ちょっと、詳しく……!あと、こねこねまだするんですか。俺の頭で壺でも作るつもりか。



「……そなた、まだ出来ておらんなあ……あと少し……あと少しで、焼き上がるのじゃ」

「もう、じいちゃん。アウルをそろそろ離してあげてよ」

「そなた、アウルと言うのか……良き名じゃ……その昔、村に来た歌詠みの流離さすらい人を思い出すのう…………あれはいつのことじゃったか」

「じいちゃん」


 ウーリオが長老の手を離して、こねこねから解放してくれた。ふう。


 長老はまだ両手をもみもみしてる。さすが500歳。一筋縄ではいかないぞ。


 ちょっと距離をとったら、長老はポン!と膝を打った。



「思い出したぞ……!そうじゃ、かの者は竪琴でまこと美しき歌を聴かせた……マハルカンとオルレイヤの歌を。アウリと名乗っておったの」


 えっ。


 今聞いたことを情報処理するのに少し時間がかかった。


 マハルカンとオルレイヤ……?

 なんかどことなく聞き覚えのある響きだ。


 遠い昔の吟遊詩人と似た名前なのか、アウルって。新しい発見。



「昔のこと、よく覚えてるんだよ、じいちゃん。最近のことは忘れちゃうけど」

「……もう少しじゃの…………良き器になるのじゃ………………」

「あ、寝た」


 カクン、と長老は首を垂れた。

 どうやら、寝たみたい。


 ちょっと、すごかったな長老……。話は飛ぶしよく聞き取れなかったりこねこねされたり、びっくりすることが多くて、俺は困惑し通しだった。


 ウーリオが苦笑しながら、俺の手を引いてノーヴェのところに連れていってくれる。



「ありがとな、じいちゃんに付き合ってくれて。なかなか子供に会えないから嬉しかったみたいだ。村では、おれがいちばん子供だから」


 そう言って、ウーリオは村の人の輪の中に戻って行った。



 夢の河、か。


 宴のざわめきに包まれ、星空を見上げながら俺はかつていた場所に想いを馳せた。


 繋がってるんだろうか。


 夢の中で。




***

次回、別視点。





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