143話 星が降る
もがくように動いては、ご主人が地面に刺した杭に頭をぶつけている魔物。ガンッ、ガンッと振動が響き渡る。
それを睨みつけるご主人。
手に持つのは、球体のついた派手な杖だ。
何をするつもりだろう。
「お、おいハルク……」
「今から、星を降らせる」
ご主人は静かにそう断言した。
「こいつを倒すには、圧倒的な物量で障壁ごと押し潰すしかない。だから、星を降らせる」
「は?星?どういうことだよ。降らせるってまさか……『星隕』!?」
星隕……?星を降らせる?
ええ!?
なんだそれ、隕石を降らせる魔法?えっ、ご主人そんなの使えるの!?
でもご主人の魔力量って。
ノーヴェは、俺を絞める……いや抱き締める力を強めた。
「無茶だ、お前の魔力量で『世界系』を発動できるわけないだろ……!オレの魔力量でもできないのに!」
そうだよ、ご主人の魔力量はかなり少ない。無理ですよ。
ノーヴェの俺を絞める力もさらに強くなってきて無理です。力加減……!
「そうだ、だから使いたくなかったんだ。……何年も何年もかけて溜めたのに」
「え……?」
「いざという時のために、毎日毎日少しずつ魔力を溜めてたんだよ!それを……こんなやつのために使うはめになるなんて……!」
「ええ……?」
怒ってるな、ご主人。怒るポイントがちょっと、ズレてる気がする。
魔力、溜めてたんだ……。
でも魔力を外に溜めるとかできるの?ノーヴェも困惑が勝ってしまって、理解できないって顔になってる。
「……その杖、古代遺物か何かか?『世界系』を発動できる量の魔力を外部に溜めておける武器なんて聞いたことないけど」
「修行の成果だ。とにかく、もう星を降らせるくらいしか手段はない……やりたくなかったけどな」
「…………言いたいことも聞きたいこともいろいろあるけど、今は時間がない。……本当に、発動できるんだろうな?」
「ああ」
ノーヴェはやっと俺を離して、ご主人の横に並び立った。
言いたいことを全部飲み込んで、苦虫を噛んだみたいな顔をしてる。受け入れるのがちょっと難しいだろうな。特にノーヴェは魔法師だから。
でもなんだかんだ言いながら、ノーヴェはご主人を信頼してるんだ。
そう言えば、サンサの冒険者組合支部で魔力を測った時、ご主人はとんでもなくヤバい魔法の適性ばかり出てた。
詳しくは覚えてないけど、なんか世界を破壊し尽くせそうなやつばっかりだった。『世界系』って言ってたっけ。
あの時は機械の故障だと思ってたが。
本当に発動できちゃうのか。
ご主人は使うつもりはなかったみたいだけど、この魔物を倒すにはそれくらい強烈なやつが必要なのは確かだ。
ご主人にそんな隠し事があったとは。
毎日コツコツ魔力を一生懸命溜めてるご主人を想像すると、なんだか少し力が抜けた。魔法が好きだもんなあ、ご主人。
「となると、余波が村に及ばないようにするのがオレの仕事か」
「そうだよ、お前がいなきゃ俺たちみんな死ぬ」
「魔力を温存しておいてよかったよ」
隕石、落とすんだな、本当に。
実感が湧かない。
大きさにもよるけど、隕石くらいの落下スピードがあればあの魔物のガチガチな障壁ごと破壊できるかも。
……いや待て。隕石だぞ。
それ、衝撃波で俺たちも消し飛ばない?
まずいですよ。半端な障壁じゃ即死だ。俺たちどころか村全部、下手したら隣街くらいまで更地になっちゃうぞ!
俺が焦る中でも、魔物が這いずる音と杭に頭をぶつける音が響き続ける。もう余裕はあまりなさそう。
どうするんだろう。言うべきだろうか?
俺はまだ死にたくない。1ヶ月前はあんなに死にたかったのに。死ぬのがこんなに怖いなんて。
「オレはどう動けばいい」
「俺が落とした星が着地する寸前に、半球の障壁を張れ。星ごと衝撃波を包み込むみたいに」
「それって、どれくらいの範囲だ?」
「この砂地、全部が収まるようにだ」
「……ハァ!?広すぎないか?というか、半球じゃなくて、村の方向だけ守る壁じゃダメなのか?」
ご主人は首を横に振った。
「お前、北湖ができた時の話をイスヒから聞かなかったか。星が落ちて、ここら一帯にまで衝撃波が伝わったって。水面に水滴を落とした時の波紋と同じで、衝撃波は輪のように広がる。完全に押さえ込まねえとダメだ」
「うっ……それはそうだけど」
「それに植林地がなくなったら、ナクレ村が困るだろ。……無理か?」
「あーわかったよ、やるよ!やるしかない」
ちょっと投げやり気味に叫ぶノーヴェ。
俺は少しだけ安心した。ご主人はちゃんと衝撃波のことまで考えてたんだ。ちゃんと計算できてえらいな。
「いいか、障壁に必要なのは硬さよりも弾性だ。衝撃を受け止めつつも柔らかく弾き返すような、そういうやつを想像しろ。完全に障壁内に封じ込めなきゃ死ぬからな」
「注文が多い!」
ノーヴェにかかる負担が半端ない。ご主人はそこは計算に入れてなかったようです。というかそんな大きい障壁作れるのかな。
ノーヴェはうんうん唸りはじめた。
「弾性……弾き返す……けど壊れない…………くそ、どんな構造にすればいいんだ」
俺も手伝えたらいいのに……残念ながら領域魔法は教えてもらってない。
せめて、ゴムとかシリコンとか弾性素材のイメージだけでも、と思ったが、この世界ではまだゴム製品を見たことがない。それに、それが有効かどうかもわからないし。
ぐぬぬ。悔しい。
……あ、でも。あれなら伝わるかも。
俺はご主人の服の袖をくいくいと引っ張った。
何事かとしゃがんでくれたご主人の耳元で、こそこそとその言葉を囁く。
伝わるといいな。
ご主人は困惑しながら、立ち上がった。
「あー、ノーヴェ。アウルが、その……言いたいことがあるって」
「何?」
「……ダインの筋肉。そう言えばわかるって」
ノーヴェは、一瞬ポカンとした顔で俺を見ていた。
そしてすぐに、大声で笑い始めた。
俺の頭がもみくちゃにされる。
「あっはっはっはっ、そうだよ、それだ!最高だよアウル!」
「何なんだ」
「ダインだよ、ダイン。あいつの筋肉、不思議なんだ。すごく柔らかくて沈み込むみたいな……そうか、皮膚と筋肉、それと腱か。三重構造にして……」
ノーヴェはブツブツと呟きながら、計算を始めた。よかった、さっきと違って、吹っ切れたような明るい顔だ。
あのやわらか筋肉は、唯一無二の他に類を見ないただひとつの筋肉だからな。ダイン、今どうしてるだろう。飲みすぎてなきゃいいけど。
ご主人はそっと俺の頭を撫でた。
「ありがとうアウル」
俺も少しは役に立てただろうか。
ギュッとご主人の腰帯を掴む。やっぱりご主人のそばが安全な場所だ。
「心配するな、死ぬときはみんな一緒だ」
晴れやかに笑うご主人。
何怖いことを爽やかに言ってるんだ。
ぜんぜん安全じゃないな……。
でも、何だか怖くなくなった。そうだよ、死が怖いんじゃない。誰にも知られずにひとり死んでいくのが、何よりも恐ろしいことなのだ。
それに、ご主人はそう簡単には死なない。
だから、大丈夫だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます