135話 地下の遺跡探索
タリムとご主人とハンザールは、騎士団が描いたという遺跡の見取り図と睨み合っていた。
「なかなか上手いじゃねえか」
「巡回騎士団は遺跡調査にも慣れているからな。空間把握に長けた団員がいるようだ」
「構造は四角の左右対象。どういった道順で調査する予定だ?」
「基本に忠実に、左手の通路から一周する。下層においても同じだ」
「わかった。外で何かあればマルのやつが角笛を吹く。恐らく中にいても聞こえるはずだ」
「ああ、騎士団の調査録にも角笛の音は聞こえたと書いてある。中で何かあったらハンザール、君が角笛を吹く。それで良いだろうか」
「了解した」
打ち合わせを済ませ、坂を降りていく。
ハンザール、ご主人が先頭を行く。通路に入って手提げランプをつけた。
どんなところだろう。わくわくする。
照らし出されたのは、四角の通路。壁は規則正しい正方形の格子になっていた。等間隔で菱形の模様が彫られている。
通路は左右に分かれている。
打ち合わせ通り、左の道をゆっくり進んだ。
おお、これが古代遺跡か。
遺跡というから、もっとこう、ゴツゴツしてぼろぼろで、崩れて劣化した建物を想像してたんだけど。
奇妙なほどに整然としている。
瓦礫もほとんど落ちていない。
壁に所々、ひび割れや欠けはあるものの、タイル張りの壁のように整った壁面が、真っ直ぐ曲がり角まで続いていた。
もしかして、昔の建築技術、すごかったりしますか。
壁に彫られた菱形の模様を、タリムはそっと撫でた。
「ふむ、菱形文字がこれほど多く見られるとは。これは相当に古いな。ハルクはどう思う?」
「詳しい年代は知らねえけど、少なくともシンティアの建国よりは前だろうな」
「やはりそうか。根拠は?」
「……菱形文字の表記だ。シンティア時代のものなら、単一使用が一般的だったはず」
「そうだな。同一文字を並べる様式は二千年以上の遺跡に見られる特徴だ」
さっそくタリムとご主人が専門的な意見を交わしている。
壁の模様、文字だったようです。
菱形の中に左右対称の幾何学模様があり、ひとつの菱形でひとつの文章になってるみたい。
ノーヴェが菱形を眺めながら首を傾げている。
「……なぁ、これって魔法文字じゃないのか。光魔法の発動と制御に見えるんだけど」
「私には詩に見えるが、魔法師の君にはそう見えるのだね」
「試しに魔力流してみればいいんじゃねえ?」
何恐ろしいことサラッと提案してるんだ、ご主人。
罠とかだったらどうするんだ。
「私にはやはり詩に見える。この中心に向かう線は『朝日差し込む谷』、小さな菱形が『連なり昇り』、あとは……『頭上』だろうか」
タリムはぶつぶつと言いながら模様に手を当てて、躊躇いなく魔力を流した。
この人も恐ろしいな?
罠とかだったらどうするんだ!
何が起きてもいいように、俺は身体強化ガードを発動した。
急に天井付近にパッパッパッと、光る円盤のようなものが並ぶ。
通路が一気に明るくなった。
みんな突然のことに唖然とした。
「……ノーヴェが正しかったようだな」
「なんだこれ……どこから魔力供給を……まさか、自然魔力を循環させてるのか?こんな無茶な使い方をしてどうして『歪み』ができないんだ……どうなってる?」
「落ち着けノーヴェ。これは光の要素だけを抽出してるから『歪み』は起きねえよ」
「そうか、自然魔力をさらに選別する指示を書き入れてるのか。そんなの見たことないぞ……ちょっとこの文字写していいか」
「どうぞ」
大量に並ぶ菱形に彫られた模様は、明かりのスイッチだったようです。
めちゃくちゃ古くても稼働するとは驚きだ。これが電線だったら、千年も経てば跡形もなく消滅してるだろうな。
魔法すごい。
最初は他人事という顔をしてたノーヴェも、学者みたいになってきてる。遺跡の文字、魔法道具の製作者としては琴線に触れるものがあったみたいです。
明かりのおかげで、ランプ無しで先まで見渡せるようになった。
こう明るいと、さすがに壁の古さが目立つ。煌々と照らされることで、かえって古く感じるとは。不思議だ。
通路を進んでいくと、部屋の入り口のようなものに行き当たる。
警戒しつつ、みんなで部屋に足を踏み入れた。
部屋の中は明かりがついていなかったので、ご主人がランプをつけて中を照らす。
……特に何もない。空っぽだ。
床に、大きめの円の模様が横一列に並んでるくらいか。
この部屋の壁にも、菱形の模様が彫られていた。廊下のものとは少し違うかも。廊下のは同じ模様がずらっと並んでたけど、部屋の模様はひとつひとつ違う気がする。
「うーん、『生命』……いや『生命の書』か?『回復』『還元』、『大きなもの』……ここは治癒施設だったのだろうか」
「どうだろうな」
病院かな。それにしては構造が複雑すぎるというか、部屋が少ないというか。
……この部屋、ちょっとだけ嫌な感じがするんだよな。何でだろう。ご主人も、ちょっとだけ表情が硬い気がする。
学者さんたちは時間をかけて調査を進め、途中で小部屋を調べたりしながら通路を一周した。
どの小部屋も似たようなかんじで、なんとなくゾワっとしたが、何もいないし、何も起きなかった。
ここは何かの研究施設だったのかもしれない。ご主人たちがそう話しているのが聞こえた。
そして、最初の地点に戻ってきた。
一層目の探索は終了。
途中で下へ行く階段もあったから、あとでそっちも調べるんだろう。
幸いにも途中で誰かに会うこともなく、罠も無く、ましてや魔物が棲みついているということもなく、午前の探索は終了したのだった。
どきどきして楽しかったなあ。
お腹すいた!
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