134話 タリムの贈り物
村長は寂しげではあるが、焦りはなく穏やかで達観した表情をしていた。
年齢を重ねた人は、肝の座り方が違う。しかも、俺たちよりかなり年上だというのに謙虚な態度だ。
ちなみに最高齢であろう長老は、人形みたいに身じろぎもせず鎮座している。ちゃんと息してるのか心配だ。
「おや、暗い話を聞かせてしまいましたな。牛糞燃料が山とあることですし、これまでも同じ問題を乗り越えてきたのです。そのようなお顔はなさらぬように」
「災難でしたね。……実は村長、今回の調査にあたって私からの好意のしるしとして、ささやかな贈り物を持参しました。ご覧いただけますか」
「ほう」
タリムが席を立ち、扉の外にいたリリガルとルーガルの二人に何か言う。
二人はいくつかの木箱を家の中に運び入れた。荷台に一緒に乗ってた荷物だ。
それはただの木箱じゃなくて、収納鞄の箱バージョン、『収納箱』だった。
箱の中は……薪だ!
「なんと……!」
「偶然にすぎませんが、教院の規定により協力者に過度に金子を渡すことは禁じられておりますので、燃料をと。これが一助となれば幸いです」
「大変ありがたいことです。ご厚意に心より感謝いたします。あなた方の役に立つ話ができれば良いのですが」
村長は心から安心した顔で、タリムに何度も丁寧に礼を言った。
すげえ!
何という先見の明だろう。
まさか盗まれてるとはタリムも考えていなかっただろうけど、村で一番喜ばれるものを考えて準備していたんだなあ。
タリムが贈り物を渡したあとは、もともと好意的だった村長がさらに心を開いて話をしてくれるようになった。
学者恐るべし。
そして盗んだやつ許すまじ。
『炉』は盗まれたままだし、根本的な解決にはならないが、それは俺たちの仕事ではない。無闇に首を突っ込んじゃいけない部分だろう。
村長の話によると、地下に遺跡があるとわかったのはごく最近のことで、それまでは地表の祭壇のことしか知らなかったそうだ。
……500!?
この村、500年も前からあるの?というか500歳って……。この世界の人たち、俺の想像より長寿だった。
村には文献なども残っていない。唯一あるとすれば、各家のタイルに描かれている文様くらいか。昔から受け継がれているみたい。
あまり新しい情報はなかったけど、誰かに遭遇するかもしれないということがわかっただけでも大きい。
村長との話は切り上げられ、さっそく遺跡に向かうことになった。
途中、タリムは許可を得て、家の外壁のタイルの文様をスケッチしていた。前にご主人が言っていた、真世語というやつかも。
タリムは遺跡関連の講師をしていると言っていたけど、民俗学とか考古学みたいな分野にも詳しそうだ。
生命サイクルのスパンが長いこの世界では、『遺跡』と現在の生活は別物ではなく、地続きなのかもしれない。なにせ、500年も前のことを知る人と、直接話ができるんだからな。
だから、遺跡といってもかなり幅広い分野の知識が必要なんだろうなあ。
タリムのスケッチを待ってる間、壁にたくさん貼り付けられた謎の黒い丸を眺めた。泥だろうか。
イスヒがこれの正体を教えてくれた。
「これ、牛糞燃料っすよ。乾くとよく燃えるんすよ。牛ってめっちゃいっぱい糞するんで」
ええー!牛の糞を壁に?
思ったほど臭くないから、ぜんぜんわからなかった……そうか、燃料になるのか。すごいなあ、考えたこともなかった。王都では見たことがない。あるのかもしれないけど、乾燥してる状態だと牛糞とは気づけないだろう。
牛の糞に対する価値観がグルンと変えられてしまった。知らないことが多いぜ。
糞に感心していたら、ノーヴェが心配そうに俺の顔をのぞき込む。
「アウル、本当に一緒に遺跡に行くか?村に残っててもいいんだよ」
そう、俺も調査への同行を許可された。
不安要素はあるが、目を離すほうが危険というのがご主人の考えだった。村が安全とも限らないし。俺、最低限の身体強化ができるし。
俺はちょっと考えてから、ご主人の横に立つ。
多分だけど、一番安全な場所はご主人のそばなんだよな。何かと最強なので。
ご主人は「ん?どうした?」と何もわかってない顔で俺の肩を引き寄せる。ノーヴェはため息をついてうなずいた。
わかってくれたみたい。
「ハルクと離れるのが寂しいんだな。わかったよ」
ちがう!そうじゃないです!
ご主人の近くが安全だからであって……!寂しいとかそういうんじゃない!
ぜんぜんわかってもらえなかった。コミュニケーションって難しい。とりあえず、足手まといにならないよう、慎重に行動します。
村の少年の案内で、徒歩で遺跡へ向かう。
遺跡は村の奥の植林地の先にあるという。
林と森に違いはあるのか、と思ってたけどぜんぜん違う。森はひとつの生き物のようで、明確に境界がある。でも林は、草原の延長みたいなかんじだ。
ひょろりとした針葉樹の林を抜けた先──たしかに、それはあった。
草木の生えていない、かなり広い砂地。
その真ん中に、お椀をひっくり返したみたいな丸い大きな岩がある。高さ4メートルくらいかな。よく見ると階段が彫ってあり、てっぺんには小さな石の台があるようだった。
周りに円柱が立っている。折れていたり崩れているものがほとんどだが、遺跡らしさはあった。
……これだけですか。
なんか、ちょっと拍子抜けだな。
「……確かに、こいつだけじゃ遺跡とは思わねえだろうな」
ご主人が呟いた。
まったくその通りですね。
本命は地下にあるのだ。少年に地下の入り口へ案内してもらった。イスヒとマルガは地表に残って祭壇周辺の調査をするという。
ノーヴェが念の為にイスヒに障壁の装置を渡していた。香時計も同時に焚き始め、落ち合う時間を決めた。昼前には一旦集合だ。
地下の入り口は、植林地と砂地の境界に沿ってぐるりと進んだ先にあった。
地面に大きい穴が空いていて、下へ坂道が続いている。
長年倒木が上にあり、穴の存在に気づかなかったようだ。
坂道の先は、ぽっかりと穴の空いたような闇が続いていた。
この先に、何があるんだろう。
ゴクリと喉を鳴らして、期待と共に一歩を踏み出した。
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