133話 ナクレ村
ガラゴロと馬車は朝の街道を行く。
眠い目を擦りながら、俺は朝の景色を眺めた。朝日が眩しい。
夜の間、野営地では特に何も問題は起きなかったようだ。安全に一夜を過ごすことができて何より。
皆それぞれに朝の日課などをこなし、朝食を済ませ、手早くテントを畳んで出発。そして現在、馬車に揺られている。
やがて、街道から少し逸れる道に入っていった。
ガタッ!
急に揺れてびっくりする。積んである木箱も一瞬浮いた。
馬車に乗っててこんなに揺れたの、初めてかも。街道からちょっと逸れたらもう道がでこぼこだ。街道は運送組合が定期的に回って整備してるらしいから、あんなに快適なんだな。
元々揺れない設計の馬車をここまで揺らすとは。なかなか強いでこぼこだ。
時々やってくるガタッ!ガタッ!という下からの揺れに耐えつつ、遺跡近くの村を目指す。俺は尻の身体強化を覚えた。
やがて畑と建物が見えてくる。
丸い石と土壁でできた家屋が特徴的な、小さな村だ。
馬車はそのまま村の入り口あたりで止まる。幌は畳んであり、みんな丸見えです。
ロバのような動物に乗った男性が出迎えてくれた。その人の案内に従って、村の中をゆっくり進んでいく。
それぞれ仕事をしていた村人は穏やかな表情で俺たちを見て、また仕事に戻った。子供が手を振ってきたので振り返す。
雰囲気は悪くなさそう。
途中で牛の群れに阻まれたが、牛飼いの人はのんびりと牛たちを誘導している。こちらも急かしたりしない。
黒い泥のようなものを壁に貼り付けている人たちがいる。壁に丸い模様がたくさんついていた。何をしてるんだろう。
家は素朴だけど、模様入りタイルがどの家にも貼られている。壺や皿が壁に埋め込まれている家もある。
目に入るもの全部が珍しくて、あっちを見たりこっちを見たり忙しい。目が足りない。
馬車は、比較的大きな家の前で止まった。
馬車から降りると、ロバから降りた案内の男性が家の玄関へ誘導してくれた。
「ナクレ村へようこそ。村長が中でお待ちです」
この素朴でのんびりしている村は、ナクレ村っていうんだな。
タリムとイスヒ、ご主人とノーヴェと俺、それからハンザールとマルガの7人で中に入る。リリガルとルーガルは馬車を移動させるため外に残った。
馬車の上でタリムから聞いた予定では、まず村長から話を聞いて許可を得てから遺跡に向かうとのことだった。
中に入って、美しい陶器が並べられたタイル張りの部屋に案内される。
そこには、髭を生やした70歳くらいに見える老人と、これまた髭を長く生やした90歳くらいに見える老人の二人がすでに床にあぐらをかいて座っていた。
みんな、即座に膝をついて礼をした。
俺もそれに倣う。
この国では老人への敬意はとても大事なのだ。今まで会った人の中で一番高齢かもしれない。俺の想像より遥かに歳を重ねた人たちなんだろうな。
「ようこそお越し下さいましたな、教院の方々。どうか楽にしてくだされ」
村長の言葉を受けて、みんなそれぞれ低いテーブルを囲むようにして床に敷かれた絨毯の上に座っていく。俺も端っこに座った。
ちなみに、70歳くらいの人が村長で、90歳くらいの人は長老と呼ばれていた。
村長が淹れてくれたお茶を味わいながら、タリムが挨拶や雑談をしているのを聞く。
俺は茶器に気を取られていた。すごくきれいな幾何学模様が描かれていて、王都だったら高くて買えないだろうな、という見事な器だった。
眠くて半分しか聞いてなかったけど、馬車の上でタリムが、「この村では代々、焼物を作って売ってる」というようなことを言ってた気がする。
イスヒも「この辺りでは粘土質の土とか陶石が出るんすよ」とか何とか言ってたかも。
すごいなあ。
飾られている壺も、見事なものばかりだ。これ全部この村で作ってるんだろうか。
特に、一番端っこに置いてある水差しのようなもの。すごいぞ。シンプルな線で景色のようなものと幾何学模様が緻密に描かれた鮮やかなブルーの器だ。透明感がすばらしい。
ちょうど俺の後ろに置いてあったので、ついじっくりと眺めてしまった。
「小さなお方、その水差しを気に入られましたかな」
急に村長に声を掛けられて、びっくりした。うっ、落ち着きがなくてすみません。
ちょっと恥ずかしくなりながら、うなずく。
村長はうれしそうな顔をした。
「それは、最新作でしてな。王都へ嫁ぐという領主の娘の婚姻の祝いにと作ったものなのです。ミズラを離れても、この地の景色を思い出せるように想いを込めました。ここにあるのは予備に作ったもので、献上したものよりやや色味が薄いのですよ」
詳しく解説してくれる村長。
とても良い贈り物だ。領主との関係も良好とみえる。みんなも水差しを見て感心していた。
見かけは素朴な村だが、この村の焼き物、けっこう高級品なのでは……?
久しぶりに窯に火を入れた、と少し誇らしげに村長は語った。いつもいつも焼物を作っているわけではなさそうだ。燃料とか、たくさん要りそうだもんな。
ところで、ミズラの領主の娘が王都に嫁ぐ、ってどっかで聞いた話じゃないだろうか。ぐぬぬ、思い出せぬ……。
「……この色を出せるのは、もう最後になるかもしれませんなあ」
少し寂しそうに村長は呟いた。
タリムが怪訝な表情で理由を尋ねる。
村長によれば、やはり問題は燃料だった。
手入れしている植林は育つのに時間がかかる。自分たちの生活にも燃料は必要で、焼き物の窯に火を入れる余裕がない。献上品を作るのがやっとだったという。
献上品をたいそう喜んだ領主からは、返礼としてたくさんの薪が送られてきたそうだ。理解のある人だ。
しかし、その薪がつい先日、盗まれたという。
それだけじゃない。
「……これは、あなた方を信頼して話すのですが、我々の村に代々伝わる特別な『炉』がありましてな。木箱ほどの大きさなのですが、収納箱のようにたくさんの燃料を入れることができます。窯の中に設置すると、入れた分だけ熱を発し続けるというものでして、おそらく古代の遺物でしょうな。これがなければ、この村の陶器は今の質を保てなかったでしょう。
……それも、返礼の薪と共に消えてしまいました」
なんと。
これから冬だというのに、大丈夫なんだろうか。みんな同情して悲しい雰囲気になってる。
村人は、大事な炉と大量の薪を盗むとかそんなことはしないだろう。狭い村だし、売りに行くにも時間がかかるし、隠すのも難しい。何より無意味だ。
可能性があるとすれば以前遺跡で見かけたという見知らぬ人か。まだこのあたりにいるんだろうか。
……これは、本当に傭兵組が活躍することになるかもしれないな。
俺はちょっとブルっとした。
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