131話 夢の跡
「アウル、ほら遺跡がいくつか見えてきたぞ」
御者をやってるご主人に呼ばれて、御者席から景色を見る。
ぽつぽつと岩肌と、石でできた建造物の名残のようなものがたくさん見えるようになった。
すごい。
円柱や、崩れた家の名残のようなもの、石像っぽいものもあった。遺跡帯と呼ばれるだけのことはあるな。
遠い昔は、ここも栄えていたのかもしれない。
「このあたりの地表に出てるやつは、比較的新しい遺跡だな。シンティアより後の時代のものだろう。古いやつは大抵地中に埋まってるんだよ」
ぜんぜん新しく見えないですけど。
俺はちょっと不思議に思ったことを尋ねるために、ご主人の耳元に手を当てて小声でこしょこしょと話した。
「……どうして人が住まなくなったんですか」
「そうだな……戦争、厄災、飢饉。原因は色々だろうが、このあたりだと戦争が原因かもしれないな。それと『森』の恩寵を失ったからだろう」
ご主人によれば、シンティア滅亡後は大国の抑止力を失って、戦争が頻繁に起きていたという。
それが収まったら、今度は経済の発展による環境破壊が起きた。無差別に森が開かれ、水が汚され、山を切り崩された。
その結果、『森の主』というとても偉い存在の怒りを買う。人間に『権能』を配ったり、真獣をペットにしてるすごい存在のことですね。いつもお世話になってます。
このあたりの遺跡は、恐らく森から恵みを得られず滅んだ都市の名残だろうとのこと。
確かに、森と呼べるものはあまり見当たらない。草原、岩山、点在する林くらいのものだ。
「タリミラによれば、このへんの遺跡はかなり豪華な装飾の建物が多かったんだと。記録によれば、夢か幻のような素晴らしい都市だったらしいぞ。でも、森の大切さを理解していなかった。だから滅んだ。……まあ、装飾やら何やらは、ほとんど侵略国や盗掘者にはぎ取られてしまったらしいが」
へえ、この世界も経済が発展した時期があったのか。これから発展するのかと思ってたけど、逆だったみたい。
歴史って面白いな。
過去、この地域は森の恵みを得られなくなったが、今では森も徐々に戻ってきているようだ。
ミズラ地方の領主は『森』の拡大にかなり注力しているという。これは、冒険者にとってはありがたい話だ。
農地とのバランスを取らなきゃいけないだろうから、いろいろ難しそうだな。ぜひがんばってもらいたい。
ご主人と時折こしょこしょと話しながら、馬車は進んでいく。
ご主人は御者をやりつつ、途中で飛んでる鳥にひょいっと何かを投げ、座ったまま落ちてきた鳥をキャッチするという離れ技をやってのけた。
結構デカい鳥が落ちてきて、俺はびっくりして立ち上がり、後ろの荷台にゴロンと転がり落ちた。
ご主人はノーヴェに「何やってんだお前!誰が解体すると思ってるんだよ」って怒られていた。それはそう。
ノーヴェは優しいので怒りながらもサッと血抜きと羽むしりをやってくれたし、解体して葉に包んで低温の収納鞄にしまってくれた。
低温収納鞄を絶対持っていけとアキに強く言われたみたいだけど、大正解だったな。さすがアキ。
デカい鳥だったから村へのいい手土産になる、とタリムがフォローを入れていた。
マルガのご主人への尊敬の眼差しが強くなった。ルーガルも若干それに釣られてきている。
タリムとイスヒもご主人には甘いから、俺とノーヴェがしっかりしなきゃ。またご主人が何かやらかしてしまいそうだ。
やがて日が傾き、暗くなり始めた頃に野営予定の休憩所で馬車は止まった。
周囲を確認して、テントを張る。
タリム、リリガルの女性陣は馬車で寝ることになる。
その他、冒険者組と傭兵組がそれぞれテントを張り、野営の準備が進んでいった。
今回は森で使ったのとは違うタイプのテントだ。一本の支柱があり、紐を四方の地面に向けて伸ばして杭で留め、上から布をバサッと掛ける。
どう違うのか、いまいちわからないけど、ノーヴェが選んだものだから間違いはないだろう。
ランプを支柱に吊るして、テント内は明るくなった。
傭兵組を見ると、同じタイプのテントを張っている。ただし、支柱は2本。俺たちのテントを二つ繋げたみたいなやつだ。けっこうデカい。
あっちは人数多いからなあ。
今日がんばってくれた馬たちも、馬車の横に張られた簡易な屋根の下でお世話をされている。
野営の準備が整ったところで。
晩ご飯の準備の時間です!
瓶詰とは和解した俺、スムーズに開封に成功して中身を温めることに成功。野菜と鳥の手羽元のようなものを煮込んだ美味しそうなやつだ。
なので、少しやりたいことがあります。
アキが言っていた、携行食の堅焼きパンを蒸したら柔らかくなるというやつ。
失敗しても、煮込んで粥にしちゃえばいいし。やってみるぞ。
竹の網のようなものを持ってきてある。鍋にピッタリの大きさで、短い足がついているから鍋底から離した状態をキープできる。下に水を少し入れて沸騰させ、網の上に乗せたものを蒸すことができる優れものだ。
そこに堅焼きパンを入れて蓋をして、中の砂時計一回分(たぶん5分くらい)蒸して完成。実にシンプルです。
ちなみに砂時計は大、中、小とあり、それぞれ10分、5分、1分くらいかな、と思ってる。料理には必須だし、茶を淹れる人たちにも必需品だ。
時間を計るものはたくさんある。日時計もそうだし、街の広場に行けば水時計がある。
家では香時計が多い。香が燃えた長さで時間を計るものだ。虫除けを兼ねている。
今もノーヴェが香炉に時間を計るための香をセットしている。野営の見張りの交代があるから、時間を知る手段が必要だ。
そうこうしているうちに、砂時計が落ちたので、蓋を開いた。
モワッと湯気が立つ。中を恐る恐る見ると、ふっくらした蒸しパンのようなものが3つ。
成功だ!……おそらく。
ご主人たちは、蒸した堅焼きパンを見てたいそう喜んだ。俺もうれしい。歯が折れそうなやつを食べなくていいのはありがたいよね。
今日もアキと森の恵みに感謝して、いただきます。
……パンおいしい!
ほんのり甘くてしっとりだ。
アキがパン種から作るふっくらやわらかパンには負けるが、こちらも思ったほど水っぽくない。あのカチコチのパンがどうしてサクッフワッなパンに変身するんだ。不思議だ。
傭兵組は、干し肉と豆を煮込んだスープ、そしてトルティーヤみたいな薄焼パンを何枚も食べている。おいしそうだ。
学者組は、携行食と燻製肉を齧りながら、明日の予定について紙を見ながら話し合っていた。
学者が一番、簡易な食事だな?大丈夫だろうか。
いざというときは、ちょっと料理を分けてあげよう……と思いました。
知らない土地で、星空の下で焚き火を囲みながらおいしい食事。
旅っていいな。
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