129話 料理ミッション



 休憩所に止まって馬車を降りた俺たちは、さっそく昼食の準備にかかった。


 ここで長めの休憩だ。


 他にも休憩中の馬車があるから、すこし距離をあけて場所を取ってある。


 傭兵の三姉弟は、馬車から降りると敷き物を敷いて、何か細長い棒のようなものを立てた


 何をしてるのか気になって見ていたら、ご主人がこっそり「『太陽の民』の祈祷の時間だよ」と教えてくれた。


 祈祷?


 立てた棒の影がいちばん短くなった時に太陽が真上にある。それが祈りの時間なんだって。なるほど、日時計みたいなやつ。


 ひざまずいて手のひらと顔を天に向けて目を閉じている。


 ああ、そうか。これが『太陽信奉者』の祈り方なんだ。


 この世界で、初めて宗教的なものを目にしたかも。どうもこの世界は神の概念が薄い気がする。その代わり聖人や天龍を崇める対象にしている。


 団長ハンザールは太陽の民ではないので、周囲の警戒に当たっていた。


 『太陽信奉者』は少し侮蔑を含んでいるニュアンスで、いわゆるスラングだ。普通は『太陽の民』と呼ぶみたい。アキみたいに信奉者じゃない人もいるしな。


 祈りを終えると、三人はリリガルを中心に料理の準備を始めた。食料は各自で用意するのが基本らしい。大商人の隊列とかだと提供されることもあるみたいだけど。


 さて、俺の出番がやってきましたよ。


 心して取り掛からないとな。


 ご主人とノーヴェに見守られながら、晶石のコンロと鍋を収納鞄から取り出してセット。


 そして今日の昼食のメイン、瓶詰にしてある肉料理を温める。それだけが俺のミッション。


 やるぜ、俺はやるぜ。



 ……蓋、開かないんですが。


 どうしよう。初手で躓いてしまった。


 えっこれ構造どうなってんの?泣きそう。ミッションがインポッシブルじゃん……。


 半泣きでノーヴェに瓶を差し出すと、蓋の周りを魔法で出した火で炙って溶かしていた。蝋で封をしてあったのか。


 そしてノーヴェは蓋をひねって……開かない。


 嘘でしょ、力が強いノーヴェで開かないのか?



「これ固すぎない?ちょっとハルク頼む」

「任せろ…………開かねえ……ぐっ」


 ご主人でも無理なの?強すぎる。


 さっそく瓶に負けてる俺たち。



「これ以上力入れたら割っちまいそうだ」

「割って開けるのか?」

「それはねえよ、何か方法があるんだ」


 うーん、こんな初歩的な部分で前に進めなくなるなんて……何か言いたげなタリムの視線がいたたまれない。


 アキに聞いておくんだった。普段あまり瓶詰を使ってないから見たことないんだよ……。


 考えろ。


 アキが調理を俺に任せるくらいだ、簡単に開けられるはず。向こうの世界の瓶と似てる構造だ。ガラスの瓶に、捻って開ける金属製の蓋。


 向こうの世界ではどうしてただろうか。ジャムの瓶の蓋とか、ちょっと凹んでて……。


 あーー!そうだよ温めるんだ!


 記憶はぼんやりしてるけど、何となく覚えてるぞ。俺の握力でも開かなくて、しょうがないねって誰かが笑って……誰だろう?


 いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。確か温めた布巾を当てていたはず。


 そうだよ、瓶詰って煮沸消毒するから、冷めると内圧が下がるんだ。蓋の固さから見て、アキも煮沸消毒をしてるはず。


 だから温めればいい。


 俺は小さめの水球を出して瓶の蓋に当てた。それから徐々に水球の温度を上げていく。ちょっと操作は難しいけど、これでいいはず。いきなり熱湯に浸けると爆発しちゃうかもしれないし。


 ご主人とノーヴェは、俺が急に水球を出したから怪訝な顔をしている。


 十分に温まったのを確認して、表面だけ少し冷やしてご主人に瓶をわたす。


 困惑しながら受け取るご主人。


 パカっ!


 軽快な音を立てて蓋は開いた。やった!科学知識とも呼べないようなものだけど、通用してよかった。


 視界の端で、タリムがホッとしたのが見えた。



「うそ、すごい。水に漬けたら開いたのか?」

「湯だよ、蓋がちょっと熱かったから」

「……そうか!中の圧力が下がってたから開かないんだ。よく気づいたな、アウル。薬草の瓶でも、たまにあることなのに忘れてた……」


 お腹がすくと思考力低下するよな。


 すぐ作るから待っててくださいよ。


 そこからは簡単だ。鍋で瓶の中身のおかずをしっかり温めるだけ。こげつかないように、木べらでぐるぐるしながら温める。


 野菜の酢漬けの瓶詰も開ける。各自の木皿に、温めた瓶詰の肉と酢漬けと携行食のパンを乗せて完成!ミッションコンプリートです!


 ……がんばったよ。予想外な部分で苦戦したが。


 お腹を空かせてありついた昼食は、とてもおいしかった。


 瓶一つで、だいたい三人の食事一回分の肉の量か。味付けもいろいろみたいだし、ご飯が楽しみだな。調理済みだから火加減も考えなくていいし。


 学者組は作り置きっぽいサンドイッチみたいなやつと、携行食と燻製肉を食べてる。


 傭兵組は、豆とひき肉と穀類を炒めたものを食べていた。それと干し肉。


 もしかして、その穀類は米だったりしますか……?それとも他のものですか。


 気になるけど、何食べてるかのぞきにいくほどの仲じゃないんだよな、まだまだ。


 仲良くなって、何食べてるのか教えてもらえるようになりたい。それを目標にしよう。



 それにしても、遠い場所でもアキの料理を食べられるのって最高。


 アキ、元気にしてるだろうか。




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