128話 カントラ大河




 やがて、橋に差し掛かった。



 街道と同じくらいの幅で、馬車が二台並んでも余裕がある。ただ、欄干がけっこう低いから、もし歩いて渡るとなると川に落ちないか心配だ。


 橋の始まりには、傍に大きな石がドンと据えられていた。


 マルガがそれを指で示す。



「見えるか?数字が彫られている」


 本当だ、3つ数字が並んでる。



「あれはこの橋が造り始められた年だ。対岸の石には完成した年の数字が彫られているぞ」


 おお、年か!今が何年なのか知らないけど、きっと相当古いものだろうな。造るのに何年かかったんだろう。


 石造りの道になり、車輪の音が硬質になった。それも水の音がかき消してしまう。


 ついに橋の上だ。


 悠々と流れる大河が視界に入ってきた。


 大きい。


 俺が王都に来る前に見た川とは、比べ物にならない。小さな船が、何艘も往来しているのが見えた。……いや、船が小さいんじゃなくて、川が大きすぎるのか?


 まるで海みたい。対岸がかすんでる。


 この世界に来て初めて、こんなにたくさんの水を見た。停止してるように見えるけど、実際はかなりの勢いで流れているんだろう。


 壮大な景色に圧倒されて、全身の毛穴が開いてる気がする。


 すごい。


 こんな大河があるのがすごいし、その上を走ってるのもすごい。


 こんなすごい橋を架けようと考えた、昔の人の情熱と技術もすごい。


 自然の雄大さ。そして共生しながらも自然に挑戦する人間たちの途方もないパワー。すごい。これが、生きるってことなんだ。


 なんか、今なら悟りを開けそう。



 橋を渡り切るのには、かなり時間がかかった。


 すれ違う馬車の御者は、みんな軽く手を上げてこちらに挨拶する。マルガはそれに応えている。


 俺もちっちゃく手を振ったら、すれ違ったお兄さんがにっこり笑ってくれた。


 御者の中には、マルガたちと似た見た目の人もいた。その人たちも愛想良く手を上げている。



「……挨拶の時の様子で、そいつが盗賊かどうかわかるんだ。こんなことするのはミドレシアくらいだが。他の国ではお互いに目も合わせないよ」


 む、俺も愛想良くしたほうがいいのか。ちょっと恥ずかしいぞ。難しいな、御者……。


 橋を渡り切って、また草原と林と湿地が広がる。渡り切ったところに、対岸と同じ大きな石があって、こちらにも数字が彫ってあった。


 ……ん?さっきの石にあったのと同じ数字じゃないか…?俺は数字はけっこう読めるんだぞ。


 どういうことだ?着工年と竣工年が同じなのかな、こんな長い橋なのに。


 困惑して隣のマルガを見ると、微かに笑ってるように見えた。マルガは表情は乏しいが、目で語るタイプだってわかってきた。



「なんだ、読めるのか。同じ数字でびっくりしたか?」


 そうです。マルガは俺をびっくりさせたかったんだな。


 やっぱり魔法とかでパッと作ってしまったんだろうか。それとも、『年』の解釈が間違ってるんだろうか……。



「あれについては、諸説あると聞いた。一晩で橋が現れたとか、1000人の魔法師が同時に作ったとか、工事に長くかかりすぎていつ始まっていつ終わったかわからなくなった、とかな」


 七不思議じゃん。


 詳しくはタリムたち学者に尋ねるといい、と言われた。それはそれで、余計に難しくなりそうな気がする。


 景色は草原と林に加えて、むき出しの岩や砂地も目立つようになってきた。


 御者席は快適で、眺めがいい。マルガはぽつぽつと話はするけど、沈黙の時間が長い。


 その沈黙が、とても心地良かった。


 しかし、だんだん寒くなってきた。障壁は空気は通してしまうから、御者席は吹きさらしだ。外套にくるまってもちょっと冷える。鼻水も出ました。


 ハンザールと交代で俺は御者席にさよならして、後ろに戻った。


 そこではノーヴェがみんなと意気投合して、魔法道具の話をしたりしていた。



「法師組合の『三冠法師』とは君のことだったか。私も所属してはいるが、とんと顔を出していないのでな」

「じゃあ、あの『浄化杖』の装置の開発にも関わってるんだね。あたしらも、あれには世話になってる」

「ちょっと関わっただけだ、使ってくれて嬉しいよ。今はオレは冒険者のほうに重きを置いてるから、道具部門とは少し疎遠だけど……そうだイスヒ、このあたりは元は湿地帯だったって本当なのか?」

「そっすよ!カントラ大河の護岸工事が行われるまでは、毎年氾濫してたみたいっすから」


 おう……学者と傭兵と冒険者が入り混じって盛り上がってるな。


 この世界、旅や移動時間が長いから、一緒にいる人と仲良くできるかどうかってすごく大事なんだよな。


 傭兵とのギスギスが無くなってよかった。


 地形の話、ここから先のミズラ地方は遺跡が多いから『遺跡帯』って呼ばれてる話、ノーヴェの障壁の装置の失敗作の話。


 それから……昼ごはんの話!


 傭兵は任務中は携行食が基本だが、できるかぎり調理したものをしっかり食べるそうだ。力が出ないと困る職業だもんな。


 我がパーティーは最高権力者アキの意向により、携行食のあの堅焼きパンは普段は食べないのです。今回は食べますが。



「……メシの話をしてたら腹減ったぜー。そろそろ昼の祈りの時間か?」

「まだだよ」


 ルーガルとリリガルが話すのを聞きながら、俺はお腹を押さえた。


 俺もめちゃくちゃお腹が空いてきた。お腹鳴っちゃいそう。



 しかもご飯は俺が調理・配分しなくてはいけない……戦いはこれからなのだ。温めるだけとはいえ。


 昼ごはんまで耐えるぞ、と腹に力を入れていたが、ついに、クゥ……と小さく鳴ってしまった。同時にルーガルのお腹からもキュルル……と音がしたので、みんなで笑い合った。


 平和だ。







***

おしらせ。


6/1現在、試験的に広告表示をしています。

ひと月ほど様子見する予定ですので、ご容赦いただければ幸いです。


お知らせでした。

引き続き本編をお楽しみください。


***

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