126話 傭兵団との因縁




 朝食を終えて、馬車は出発した。


 ご主人は御者をすることになり、後方は団長ハンザールが警戒に当たる。


 馬車は、草原と森がまばらに広がる地域を走っていた。


霧が出てきて少し視界が悪くなってきた。護衛の人たちはほんの少し、警戒度を高めている。


 こんな朝早くから盗賊って活動してるのかな。だとしたら勤勉な犯罪者たちだなあ。


 みんなが落ち着いた頃、再びご主人と傭兵団の話題になった。


 語り手は、主にノーヴェだ。



「──それで、傭兵団との仲が最悪になった頃に、ハルクがとある傭兵に絡まれたんだ。『俺と闘え!』ってな。模擬戦や試合であっても対人戦は絶対にしないと宣言してるハルクが、その時初めて対人戦をすることになった」

「ほう、そんな宣言を」


 へえ、ご主人は対人戦はしないのか。どうしてだろう。


 タリムとイスヒは興味津々といった様子で聴き入っている。



「詳しい経緯はオレも知らないけど、このままじゃまずいと考えたシュザ、うちのパーティーのリーダーが命令して、ハルクは嫌々承諾したらしい。……とにかく、傭兵団とハルクが決闘をすることになった」


 ノーヴェの話は続いた。


 決闘の場所は、傭兵団連盟の修練場。


 いざというときのために、ダインとノーヴェも一緒に向かった。


 向かった先では、リーダーが作成した誓約書を元に、契約術士の立ち合いで誓約をした。


 いわく、『決闘により互いにどのような損害が出ても、その非を相手に求めない、いかなる費用も負担しない』という旨の誓約だ。それを破ると罰金の支払い、ないしは一定期間工場で社会奉仕活動に従事する義務が生じる。


 傭兵団連盟の総長とご主人の間で公的な誓約が交わされ、いよいよ決闘となった。



「……なぜか、連盟に所属する傭兵団の団長たちが順番にハルクと対戦することになったんだ。適当に加減しながら、みんなで冒険者風情に思い知らせてやろう、という算段だったみたいだ。まあ、お互いにバカにし合っていたからな。みんな、冒険者が対人戦の専門家に勝てるわけないって思ってた」

「……俺は今でも冒険者はいまいち好きじゃねーけど」


 末っ子のルーガルが口を尖らせる。すかさず、長姉のリリガルと兄のマルガに両側から肘でドスっとやられていた。



「ルーはあの場にいなかったから、そんな事が言えるんだよ」

「ハルクはすごかったんだ」

「……それで、どうなったんだ?その時の話、よく知らねーんだ」

「……それから、修練場で最初の対戦相手とハルクが向かい合った」


 修練場は円形で、円柱とアーチで作られた回廊にぐるりと囲まれている。闘技場を模していて、連盟の自慢だそうだ。


 そんな場所の真ん中で、最初の対戦相手と向かい合ったご主人は、首をひねった。


 「どうして一人ずつなんだ?全員で来ないのか?」と。


 ものすごい煽り文句だ。おそらくご主人は、単純に疑問を口にしただけなんだろうな……容易に想像できる。

 

 当然、煽られた傭兵団の団長たちは黙っていない。


 武器を手にしたムキムキの男たち(女性もいたかもしれない)にぐるっと囲まれるご主人。その数、8名。


 俺だったら、そんな怒れる筋肉の壁に迫られたら泣いてチビってる。



「ハルクはそれでよし、とうなずいた。よし、じゃないんだよ。障壁で守るオレの身にもなれよバカ」


 ノーヴェは愚痴を混ぜながらさらに続ける。



「しかもあいつ、信じられないことに、丸腰だったんだ。それを指摘されると、思い出したようにを取り出した」

「小枝」

「そう、紛う事なき小枝だ。赤子でも折れそうな細いやつを取り出して構えた」

「なんだよそれ」

「そう思うよな?団長たちもそう思った。『何だそれは』と尋ねられて、ハルクは答えた……『これで、手加減できる』ってな」

「うわ、腹立つなー」


 煽りの天才か。


 本人はそんなつもり微塵もないのがまた……。



「誰だって腹が立つよ、味方のオレだって腹が立ったくらいだ。どうしていつも状況を悪くするんだろうな。団長たちはものすごい殺気をハルクに向けた。どう考えてもハルクの命はないって状況だ。──そして、決闘開始の鐘が鳴らされた」


 ゴクリ、誰かの喉が鳴った。

 俺かもしれない。



「武器を構えた団長たち8人が、一斉に全方向からハルクに攻撃を仕掛けた。でも、全員消えた」

「消えた?」

「気がつくと、ハルクだけが、最初と同じ姿勢で修練場の真ん中に立っていた。次の瞬間、雷みたいなすさまじい衝撃が起こり、修練場が揺れ、砂埃が舞った」

「団長たちは?どうなったんだ?」

「……団長たちは、めり込んでいた。まわりを囲む円柱に」

「は?」

「16本ある円柱に、こう、一本おきに、等間隔で。めり込んでいた」

「全員が?」

「全員だ」

「なんだ、それ……」


 なんだそれ……。


 ルーガルは呆然としていたが、俺とタリムとイスヒも同じ顔をしていた。


 しばらく、沈黙が続いた。理解が追いつくのに時間が必要だったからだ。


 つまり、8人のムキムキを全員、一瞬にして吹き飛ばしたってこと……?狙った位置に?


 それ、人間が出来ることなのかな。


 魔法を使えば、あるいは可能かもしれない。


 でも、こう、エネルギー的な何かが釣り合ってないというか……やっぱり無理では?



「な、なあリリ姉、今の話本当なのか?」

「……ハァ。本当だよ。あたしはそれを見てたし、そこのハンザも柱にめり込んだ8人のひとりだったからな」

「うわ……」


 ハンザールはこちらをチラッと見たが、また後方の警戒に戻る。



「……まあ、そういうわけで。何が起こったか分からないうちにハルクが勝った。オレが障壁を張ってみんなを守れなかったのが申し訳ないよ。そのあと、柱が崩れて、修練場が全壊しちゃったからな」

「え、そうなのか?じゃあ、修練場をやたら頑丈に作り直した理由って……」

「ハルクがぶっ壊したからだな」


 そうか、やっぱりぶっ壊しちゃったか。


 そしてノーヴェの役割は、ご主人の加勢じゃなくて『ご主人からみんなを守る』ことだったか……。



「で、固まるオレたちを見て、あいつ何て言ったと思う?『枝が折れちまったが、手加減できて良かった』ってよ」

「……回廊ぶっ壊しておいて手加減なのかよ」

「ハルクとしては全員軽傷で済んだからよかったってことなんだろ」

「軽傷……?」

「……まあ、誓約では破損費用を払わないってことだったけど、さすがに申し訳なくて、ダインが8人の治療を半額で請け負うことになったんだ」


 見物していた人たちは皆、ご主人の戦闘力に圧倒され、争っていたことを忘れて呆然としていたようだ。


 そして勝利を誇るでもなく、仲間が怪我人の治療をしたこともあり、侮蔑が尊敬へと変わった。


 元々、傭兵は強い者こそが正義という世界だ。ご主人は、傭兵たちに強者として受け入れられた。


 そこから傭兵団と冒険者の在り方が変わってきた。


 まず、連盟の総長と冒険者組合長の間で話し合いが持たれ、長きにわたる対立関係を改善しようということで合意した。


 そして今では、定期的に共同で連携訓練なども行なっているという。



「……凄い話を聞かされたものだ」

「まさか、ハルクがそこまで強い人だとは思わなかったっす」

「俺、冒険者と仲良くするわ……」


 みんな、それぞれ感想を口にした。


 ご主人だからな。あり得ないことも起きる。真獣もぶん殴ってたし。


 建物は壊しちゃったけど、傭兵団との関係を新たに築いたわけだから、尊敬できると俺は思う。


 ご主人はいろいろぶっ飛んでるけど、必ず良い結果を持ってきてくれる人なのだ。


 ノーヴェはしゃべり疲れたのか、水をひと口飲んで大きく息を吐いた。


 そして、話を締めくくる。



「それからだよ、ハルクが『破壊の魔手』って呼ばれるようになったのは」



 やっぱ尊敬できないわ。




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