125話 旅のはじまりと傭兵団




 ガタガタ揺れる音で目が覚めた。


 ここはどこだろう……目を擦りながら見回すと、敷物に座ったノーヴェと、何人かが目に入る。


 あれ、今日は遺跡調査依頼に行く日では。

 なんでこんな部屋にいるんだ。


 ご主人が俺の顔をのぞきこんだ。



「起きたか。おはようアウル。悪いが、起きる前に連れてきた。お前の鞄はそこにあるぞ」


 何?ということは、この揺れは馬車……!


 もう出発してたんだ。

 みんなにお別れを言えなかった……まあ仕方ないか。


 俺はむくりと身を起こした。


 着替えもご主人が済ませてくれたようだ。少し厚手の服に、外套、帯、財布に小さいポーチ、薬瓶ポーチとジャミユがくれた帯飾りもちゃんとある。


 これだけされても、まるで目が覚めなかったな。


 ご主人が差し出したコップに水を出しながら、まわりを見た。


 馬車は幌が掛けられていた。けっこうゆとりのある広さだ。


 ご主人、少し不機嫌な顔のノーヴェ、図書館で会ったタリム、あと知らない人が何人か。それと荷物たち。


 このメンバーで遺跡調査かな。



「目が覚めたんだね、坊や。アウルといったかな。私たちはすでに挨拶と打ち合わせを済ませたから、君にも助手と今回の護衛を依頼した傭兵団を紹介しよう」


 タリムが俺に知らない人たちを紹介してくれた。


 助手、と紹介されたのは、イスヒって名前の短い金髪がヒヨコみたいな若い見た目の男の人。こう見えて、教院で地質学の講師をしているらしい。


 口調は「よろしくっす!」みたいな軽いかんじの人だ。


 続いて紹介されたのは、傭兵団の団長、ハンザールという男の人。日焼けしていて腕が太い。すごく強そうだ。傭兵団の名前も『剛腕のハンザ』というらしい。


 それから、馬車の後ろで警戒に当たる白い髪をひとつの三つ編みにした褐色肌の女の人、リリガル。弓を持っているが、回復と料理もできるそうだ。


 あとの二人は、リリガルと同じく白い髪で褐色肌の男性たち。団長の隣に座っているのがマルガ、御者をやってるのがルーガルという。


 マルガという人、あまり表情が豊かではなさそうだが、俺がご主人の奴隷だと知ると「羨ましい……」って本当に羨ましそうに言ってきた。何なんだ。


 リリガル、マルガ、ルーガルの三人は実の姉弟なんだって。ちょっとアキと似た風貌の人たちだ。


 これで、メンバーは全部。


 ご主人、ノーヴェ、俺。


 教院からタリム、イスヒ。


 傭兵団は団長ハンザール、リリガル、マルガ、ルーガル。


 そして二頭の馬たち。


 これから数日よろしくお願いします。声は出せないので、ぺこりと会釈した。


 子供が同行することを嫌がってそうな人は、今のところいないようなのでホッとする。


 なるべく足手纏いにならないようにしなくちゃな。


 今は、王都を出て東に向かって街道を走っているようだ。


 次の休憩所で、馬車は止まった。

 トイレ休憩兼、朝食だ。


 外はようやく日が昇り始めたところだった。


 傭兵団の人たちは、周囲を警戒しつつ交代でご飯を食べている。それに比べてご主人とノーヴェの冒険者組は気楽な雰囲気でパンをもそもそ食べている。仕事しなくていいんだろうか。


 そもそも、どうして冒険者と傭兵団の両方が必要なんだろう。護衛ならどっちかでいいんじゃないだろうか。


 その疑問はすぐに解けた。


 マルガという人が俺たちに話しかけてくれたからだ。


 この人、なぜかご主人をすごく尊敬の目で見ていて、俺を羨ましがっている。ご主人の表情はいつも通りだが、ノーヴェがダルそうな顔になった。



「ハルクが一緒の依頼と聞いて、傭兵団連盟では大騒ぎになった。それで、誰がこの依頼を受けるか、拳闘大会が開かれた。普段遠征しない団の団長までがそれに加わった。そしてハンザが勝った」


 何だそれは。ご主人めちゃくちゃ好かれてるな。なぜ傭兵団に……。


 というか、傭兵団では依頼を誰が受けるのか毎回拳で決めてるのかな。それでいいのか?



「ふむ、遺跡調査の護衛依頼はあまり好かれていないのにハルクの名前を出すとすぐに通ったな」

「……ハルクは傭兵相手にいろいろやらかしたから」


 ご主人……。


 ノーヴェがため息をつきながらお茶を飲んだ。そして俺に向き直った。



「アウルには、いい機会だから護衛依頼について教えておくよ。俺たち冒険者は『魔物や動物から依頼者を守る』のが仕事、傭兵は『盗賊などの人から依頼者を守る』のが仕事なんだ。もちろん、やむを得ず冒険者が盗賊を、傭兵が魔物を相手にする場面はあるけど、基本的には別の領分だ。……ここまではいいね?」


 む、そうなのか。『護衛』ってボディーガードのイメージが強かったけど、冒険者が相手にするのは魔物とか動物だけなんだな。対人戦は傭兵のお仕事ってわけか。


 うなずいた俺を見て、ノーヴェは続ける。



「じゃあ、商人が街道を馬車で旅するとしよう。冒険者と傭兵、どちらを雇いたい?」


 ノーヴェは指を2本立てる。


 俺は少し考えて、両方を指差した。


 森も盗賊も怖いからな。



「その通り。両方を雇うのが確実だ。街道によっては片方で済む場合もある。依頼者がどちらかしか雇えない場合は、優先度で決めるわけだ。……つまり、冒険者と傭兵は依頼者を取り合うことになる」


 商売敵ってわけか。



「だから、冒険者と傭兵はとても仲が悪かった……数年前までは」

「私の記憶でも、傭兵団と冒険者を同時に雇うのは、闘鶏2羽を同じ檻に入れておくのと同じほど頭の痛い問題だったな。教院の規定で、遺跡調査の際は両方雇わなくてはいけないから尚更だ」


 タリムがそう言うと、助手のイスヒもパンをもそもそしながら深くうなずいていた。



「だが、今回は実に平和的に事が運んで、いささか拍子抜けしていたのだよ」

「僕も驚いたっすよ。また冒険者と傭兵団の睨み合いに挟まれるのかって憂鬱だったすから」

「一体何があったのか、聞きたいところだな」


 皆の視線が、ご主人に向いた。



 数年前に、一体どこのご主人が何をやらかしたんだろうな?




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