124話 回復講習
拠点では荷造りが終わり……終わってなかった。
なんか居間に木箱が山積みなんですが。
「アキ、それ以上は鞄に入らないし、そんなに持って帰っても食べきれないだろう?」
リーダーが少し呆れたような声で言う。
木箱の山の横から、アキが顔をひょこっと見せた。
リーダーにたしなめられて、アキはムッとしながら金槌を下ろす。木箱を修理していたみたいだ。
どれだけ仕入れるつもりなんだ。というか、収穫祭って収穫の手伝いをしにいく依頼じゃなかったのか?商人の仕入れかっていうくらい気合いが入ってるが。
旅の準備って大変だなあ。
リーダーとアキが交渉?しているのを眺めていたら、ダインに捕まった。すっぽり膝に収められてしまう。
何をするんだ!素面だろうな?
ダインはジタバタする俺を無視して、でっかい本を取り出して開いた。
「回復の基礎、教えてやらァ。これを見ろ」
そう言ってデカい本のページをぺらりとめくる。
うわ、いきなり人体の解剖図みたいな絵が出てきた。
……ちょっと、これ子供に見せるのは刺激が強すぎやしないか。俺はまあ平気だが。
「動物の解体を見てっから、大体はわかってるだろォが、急所は覚えとけ」
そう言って、内臓の絵を指差しながらいろいろ教えてくれた。
太い血管の位置とか、最初に止血することとか。
興味深かったのは、回復や治癒は、患者側の魔力を使って治してるってことだ。
だから、大きな怪我をしている人の場合、魔力回復薬も併用させながら治癒するのが一般的なんだって。
初めて知った。
たとえ心臓が止まっても、魔力が残っていれば何とかなるらしい。
心臓が止まった時の処置、いわゆる心臓マッサージについても教えてもらった。これに関しては、だいたい知ってることと同じだった。
しかし、人工呼吸の方法は俺の知識と違っていた。気道を確保、ここまでは同じだが、口に指を突っ込んで魔法で空気を送り込むらしい。
確実なような、乱暴なような……。でもいざってときに、このほうが躊躇わなくていいかも。
体内に魔力さえ残っていれば、生き返るチャンスはまだある。
「まァ、死にかけても俺が治してやる。腕も足も生やしてやる。だが、どんな治癒師でも血は作れねえ。だから、血を流しすぎねェようにすんのが一番重要だ。造血薬がありゃ、それを飲ませるのがいい」
この世界、輸血とかないのかな。
衛生面とか安全管理とか難しいか。
ダインを見上げると、めちゃくちゃ渋い顔をしていた。俺、なんかまずいこと考えちゃいました?
「……言っとくが、他人の血を体内に入れたら拒絶反応で大変なことになっからなァ。他人の血、つゥより血の中の魔力と反発し合うんだよ。だから、絶対に怪我した手で他人の血に触るんじゃねェぞ。鉄則だからな」
念を押されてしまった。
そうか。そんなにヤバいのか。やっぱり知識ってめちゃくちゃ大事だな。知らなかったら、間違った処置をしてしまっていたかも。
それからも、ダインは俺に本を見せながらいろんなことを教えてくれた。
回復薬の使いどころ。ぶっかけても使えますが経口摂取が良い。
傷口の浄化。異物があったら取り除いてから回復魔法ないし回復薬。
刃物が刺さっている場合は、ゆっくり抜きながら回復、相手の魔力量に注意。
治ってるように見えても、それは一時的な癒着にすぎないので無茶は禁物。
内出血は氷水を当てながら回復。
毒を受けた場合の処置。
……などなど。全部覚えられる気がしないが、基本はだいたいわかった。と思う。うーん。
とても勉強になりました。
ありがとう、ダイン先生。
「ちょっとダイン!何てものを見せてるんだ!子供に解剖の書物を読み聞かせるやつがあるか!」
通りすがりのノーヴェが、ダインの開く本を見てギョッとした顔をした。
あ、ダメなやつだったか。
「基礎を教えてただけだ。オメェが回復が苦手だっつゥから、坊主に教えるしかねェだろォが」
「ぐ……だけど、そんな本いきなり見せたらダメだ!」
「坊主は平気だとよ」
なんか子供の教育方針で揉める夫婦みたいな言い合いだな。
俺はダインの上からスルッと抜け出して、応急処置用に布も持っていこうと決めたのだった。
いつの間にか、リーダーとアキの言い合いは終わっていて、ふたりとも休憩にお茶を飲んでいる。木箱の山は消えていた。
俺の分も淹れてもらった。
お茶も持っていったほうがいいだろうか……いや、ノーヴェが持っていってくれるか。
リーダーは優雅に茶を飲みながら、ダインとノーヴェの言い合いを眺めている。
「ダインに回復を教わっていたんだね」
「あいつは冒険者組合でも、ごくたまに回復の講習をやっている」
「治癒師になるには教院を出る必要があるけど、回復士には誰でもなれる。アウルも目指してもいいかもしれないよ」
そうか、そういう道もあるんだ。俺はしがない奴隷ですけど、やれることはたくさんありそうだなあ。
「……そうだ、アウルの薬瓶の鞄をまだ作ってなかったね」
「革を持ってこい、作ってやる」
アキが、俺の猪くんの革で薬瓶ポーチを作ってくれた。途方もない速さで革を裁断し、穴を開け、縫い合わせ、完成。
あっという間の出来事だった。腰にベルトのように巻くタイプだ。肩から胴体に巻きつけることもできる。かっこいい。
アキは昔、これを作って冒険者仲間に売りつけていたらしい。納得の職人技だった。
ノーヴェが、魔力回復薬、回復薬、毒消しの薬瓶を5本ずつくれた。ポーチはそれらがぴったり収まるサイズだ。しかも仕切りがあるので瓶同士がぶつかってガチャガチャ鳴ることもない。すばらしい。
このポーチの横に、ノーヴェ作のあの転送ポーチをくっつけてもらう。完璧だ。
装備がレベルアップした。
やったね。
うれしくてクルクル回った。回ってから気づいたが、俺かなりポメに影響されてないだろうか。
まあ、みんな笑ってたからいいか。
アキの最後の晩餐を食べ、お風呂にゆっくり入り、ちょっとだけ字の練習。
服は厚手のほうがいいかも、ということでご主人と一緒に手持ちの服の検分をして。
持っていく紙と鉛筆をチェック。いざというときのために、ちょっとだけポメに持っててもらおう。
うん、これで準備はよし。
そわそわするなあ。
はやる気持ちを抑えて、ご主人とポメにおやすみを言って寝た。
明日から、いよいよ旅です。
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