118話 他国からの書簡




 図書館で護衛依頼を受けたあと、しばらくご主人は学者たちに囲まれていろんな質問をされていた。


 人気者だ。


 冒険者組合ではちょっとだけ怖がられ気味だけど、ここではそんなことはない。学者と冒険者というまるで異なる職種でありながら、こんなに和気藹々とできるってすごいことだ。


 お土産にいろいろメモやら資料やらをもらい、帰路についた。


 拠点に戻ってから、はたと気づいた。


 せっかく図書館に行ったのに、ぜんぜん本を読んでないぞ!


 本棚を眺めて終わっちゃった……次は絶対読もう。せめて、背表紙を読もう。それまでに少しでも字が読めるようにならなきゃな。


 決意を新たに居間に入ると、ノーヴェが落ちていた。


 文字通り、床に。


 溶けてる。



「……何してんだ?」

「…………」


 ご主人の問いかけにも返事がない。


 慌てて駆け寄ったが、ちゃんと普通に息をしていた。よかった。


 机の上に積んであった書類は消えていて、代わりに赤い封蝋が押された書状がポツンと置いてあった。


 なんか機密っぽい雰囲気だぞ。ノーヴェが倒れているのはこれのせいだろうか。


 困惑していると、ご主人はその書状をさっと掴んで読み始めた。勝手に読んで大丈夫かな。



「……これ、ウェルティーヤ王国の紋章入りじゃねえか。なんでこんなもんがノーヴェ宛なんだ?」

「……読めばわかる…………」


 床から消え入るような声がした。



「えーと、『貴殿が執筆した通常魔法の領域化についての論説文を拝読した、ついてはそのことについて相談があるので近々そちらに伺いたい』……って、これ、第二王国軍の将軍から?お前、どんな論説文書いたんだよ」

「昔のやつだ……結局完成させずに終わったけど、理論としては悪くなかったんだ……」


 へえ、ノーヴェの魔法の研究が高い評価を受けたのか。やっぱりノーヴェはすごい魔法師なんだな。


 でも、アメーバみたいに床に落ちてることとどんな関係が?


 ご主人はノーヴェの側にどかっと座り込んだ。俺もその横に座る。


 アキは頭を撫でて解決したけど、ノーヴェはどうだろうか。そんなシンプルじゃないよな。



「何が気に入らないんだ。評価されるのはいいことだろ?」

「ウェルティーヤ王国だぞ……その意味、わからないか……?今度、カスマニアと戦争する国だよ……」

「!」


 戦争を控えた国の軍司令官から、書簡が届いた。


 魔法の領域化……たぶん、普通の魔法の効果範囲を広げる魔法についての話をしたいという。


 それって、ノーヴェの魔法の理論が戦争に使われるってこと……?


 一大事じゃん。


 そりゃあ床と仲良くしたくもなる。



「何が問題なんだ」

「だってお前……戦争だぞ?大勢の人の命がかかってるんだ。オレが論説文を完成させなかったのは、危険だって気づいたからなんだよ……それを今になって…………」

「それは向こうもわかってるだろ。それでも他国民のお前に相談したい何かがあるんだ」

「……何が言いたい」

「ウェルティーヤがやりたいのは、攻撃魔法の領域化とは限らないってことだ」

「!」


 あっ、起きた。


 道に迷った子供みたいな顔だ。しっかりしてるノーヴェでも、そんな表情になるんだな。


 なんか、胸がぎゅっとなるからそんな顔をしないでほしい。



「とりあえず、話だけでも聞いてみればいい。ウェルティーヤがお前に対して何かを強制することはできねえからな」

「……うん。ミドレシアを通さずに法師組合に直接届いたから、国からの圧力はないよな」

「ああ」

「嫌なら断っていいんだよな」

「もちろんだ。心配なら俺が立ち会ってやるし、リーダーの伝手も頼れる」

「うん」


 ご主人がいつになく優しい。ノーヴェは起き上がって床に座った。うむ、人の形を取り戻したな。


 俺にできることはないので、ポメに出てきてもらって、そっとノーヴェの膝に乗せた。


 はわわわ……と言いながらポメを両手ですくい、顔に近づけるノーヴェ。


 よし、そこだ。いけ、ポメ!


 ポメはピョンと飛んで、ノーヴェの鼻にツンと挨拶をした。いいぞ、上手だ。これできっとノーヴェも元気に……。


 あ、また溶けちゃった。



「……なんだこの生き物……わけがわからない……ふわふわ……あったかい…………」


 前より酷くなってない?


 うーん、ポメ療法、効きすぎるな。



「アウルありがとう……ハルクもありがとうな……オレにできることがあったら何でも言ってくれ……」

「いいんだよ、お前はいつもアウルを見てくれてるし」

「うん」

「あ、そうだ。明後日からアウルと遺跡調査の護衛依頼を受けるんだ。気分転換にノーヴェも一緒に来ないか?」

「……ハァ!?護衛依頼なのになんでアウルを連れて行くんだよお前!懲りてないのか?」


 うお、いい感じの流れだったのに。


 ノーヴェは飛び起きてご主人に説教を始めた。めっちゃ怒られてる。



「──知り合い同士の気楽な依頼だからいいけど、普通はそうはいかないんだからな!依頼を受けるときはもっと計画的に主人の自覚を持って──」


 うなだれながら、うんうんってノーヴェの説教を聞くご主人。ぜんぜん聞いてないな。


 ノーヴェって、人の世話をしてるときが一番元気になる。何よりの治療法かもしれない。



「……それで、どうなんだ?」

「あーもう!お前だけじゃ不安だから、仕方ないから、ついて行ってやる!感謝しろよ」

「ああ、感謝するよ」


 ご主人はいい笑顔になった。


 勝ったな。


 ちょっと『説得』とは言えなかったけど、遺跡調査依頼にどうにかノーヴェも同行してくれることになったのだった。


 


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