119話 猪料理
その夜の晩餐は豪華だった。
週末の夜ご飯は豪勢にいく、というのがこの国のスタイルなのだ。
前にみんなが倒した大角猪が、ついに食卓に並んだ。
酒と香辛料に漬けて焼いたもの、香味野菜と一緒に大きな葉に包んで蒸したもの、などだ。
本来はまだ熟成が終わってないが、少しだけズルをする方法があるみたい。
さて、猪のお味は……。
すごい!
臭みがありそうだと思ってたのに、アキの処理が良かったからか、生臭さはぜんぜんない。それにやわらかい。
豚肉とはまた違った深みのある味だ。噛むほどに旨味が溢れてくる。とんでもなくジューシー。これはすごいぞ。
あのすごいキノコを食べて育ったからだろうか。おいしい!
猪がどこでも喜ばれた理由がよくわかった。
すっかり元に戻ったダインが、ご機嫌で酒を注いだ。
「こいつァいい。いくらでも食えるぜ」
「そうだな、猪肉は食べきれないくらいあるから、たくさん食べよう」
「燻製に腸詰に干し肉に……収穫祭から帰ったらやることが山積みだ」
「それでも余るだろうな」
「残りは末日に区のみんなに振る舞うつもりだよ」
そういえば丸々一頭パーティーで取っておいたんだっけ……一頭だけでもひと冬越せるどころじゃない量だったなあ。
なんという幸せなことだろう。
人に分けるくらいたくさんある上に、アキが美味に調理してくれる。あんなに不機嫌だったダインも、溶けていたノーヴェもこの通り。にこにこです。
やはり、おいしい料理はみんなを幸せにするんだ。
ご飯を食べて、お風呂にのんびり入って、出たところで上機嫌なダインに捕まった。文字通り、捕まえられた。
膝に、というか腹に乗せられて逃げられない。何をするんだ。
ダインは俺の指で遊び始める。何をするんだ、酔っ払いめ。
「ちっせェ手だな……オメェ爪が伸びてんぞォ。切ってやらァ」
本当だ、よく引っかかるなとは思ってた。
ダインは、いろいろ隠してある寝椅子の下から爪切り鋏を取り出した。
爪切り……なのか?
何それニッパー!?
ちょっと、そんな怖そうなやつで切るの?
やめろーー!
「暴れんなよ、指を切っちまうだろォが」
うぬぬ。
人に爪を切ってもらうのがこんなに怖いとは。ネコちゃんかよ。
俺はギュッと目を閉じて、パチンとされるのに耐えた。
今までは石壁で削ったり、噛み切ったりしてたからなあ。栄養状態が良くないから元々ボロボロだったし。
根元のほうから綺麗な爪が生えてきてる。ここ最近の栄養状態がいいからだ。
ダインは恐ろしい道具で爪を切ったあと、寝椅子の下から取り出したやすりで整える。寝椅子の下、四次元なのか?
そして仕上げに軟膏を指先に擦り込む。確かにちょっと荒れてたが。人の指にそこまでするか。サロン級だな。
「よォし、いいぞ」
よくねえ!……いいけど。
なんか、今日のダインすごく構ってくるな。何なんだよ、もう。ダインサロンは閉店!
「ダイン、やたらアウルに世話を焼いてるな。どうしちゃったんだ?」
「あー、昨日ちょっとな」
「賭場で何かあったようだね……そういえば、ヤクシが歓楽街でひと騒ぎあったって話していたけど、まさか渦中にいたのかい」
「……いろいろあってな」
後ろで話してる声が聞こえる。
当人は上機嫌で、俺の顔をむにむにして遊び始めた。
「オメェ、体は痩せてんのに何で顔だけこんなに肉がついてんだァ?」
やーめーろー。
もう我慢ならん。ダインを振り払ってご主人のところに逃げた。
「……途中までは良かったんだが。勝ち始めてからが問題で」
「あー、娼妓が出てきたのか?」
「そう、勝ってる客の側に寄ってくるやつだ。……その中にほんの12、3歳の子供のがいてな」
「うわ、最悪だなその賭場。だから王の影に目をつけられたのか。どうせ入り浸ってる環位の色ボケ野郎がいたんだろ」
武器の手入れをするご主人の横で、話の続きを聞く。
娼妓として違法に働かされてる子供か。それは確かにダメなやつだ。
「女が寄ってきたところまでは、ダインも満更でもねえって芝居をしてたんだが。子供を見て、スッと顔が白くなって……結果、考えなしに勝ちすぎた」
「あーあ……」
「それで奥から護衛とか店主とか色々出てきて……最終的に他の客も巻き込んだ大乱闘になって、店が丸ごとぶっ壊れた」
「『闇賭場潰し』ってそういう……店舗を壊すって意味じゃないはずだよな……」
「しかも、壊れた店舗の地下から違法奴隷がたくさん見つかって、衛兵やら騎士団やら……大騒ぎだったよ」
昨日、そんな大変だったの!?
そうか。違法に働かされる子供を見て、許せなくて。それで不機嫌だったんだな。ダインは、ああ見えて子供をすごく大事にするから。
王都にも、闇が深い場所があるんだ。ちょっと背中がヒヤッとするような気持ちになった。
「王の影も可哀想に……もっと静かに済ませるつもりだったろうにな」
「まあ、賭場は潰せたし、俺らは金になったし、事の巡り良し、だよ」
暴れた本人はクッションに埋もれて寝息を立てている。
少し労ってもいいかも、と思った。
……酔いが覚めてからな。
酔っ払いはもう勘弁です。
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