117話 図書館と遺跡




 拠点に戻り、簡素な昼食をいただく。


 ご主人はノーヴェに「また古物市で無駄なものを買ってないだろうな」と睨まれていた。ノーヴェ、いい鼻をしている。


 今日は、なんだかダインの機嫌が悪い。いつもは居間の巣でごろごろしてるところなのに、食事を済ませるとすぐ2階の自室へ引っ込んでしまった。


 どうしちゃったんだ。賭場で何かあったのかな。まあ、ダインのことなので、大丈夫だとは思う。


 みんなは、午後からは拠点の裏にある林の手入れをするみたいだ。冬になる前にちゃんと手入れして、浮浪者や不審者が住みつかないようにするんだって。


 どうやら、その林の手入れを請け負うという約束があったから、この立派な拠点を安く買えたみたい。


 ノーヴェ、リーダー、アキの三人が林へと向かった。


 俺は、図書館に行くからついてきてほしい、とご主人に頼まれた。


 図書館!

 待ってました!


 まだ字はぜんぜん読めないけど、行ってみたかったんだ。


 ヤクシの運転する馬車で中央区まで行く。少し東のほうに向かうと、教院や研究所が並んだ学問街になる。初めて来た。商業区とはまた違った雰囲気だ。


 少し入り組んだところに、図書館はあった。


 まわりの建物と同じように、立派な石造りだ。


 中に入ると、ふわっと紙の匂いが広がった。懐かしいような、初めて嗅いだような、そんな匂い。


 入り口で組合証を見せる。そうすると閲覧料が無料になる。区画によっては、階位が低いと入れないところもあるみたいだ。


 中は、すごかった。


 入り口から、すり鉢状になった館内を一望できる。本棚はそう高くないけど、なにせ大量に並んでいた。


 そして本棚と同じくらいたくさんの机があり、人がいっぱいいる。


 大半が教院の学徒たちや、写本作業をする写字生たちだ。


 すごい!


 思ったより、かなりすごい。こんなにたくさんの書物があるとは。


 唖然とする俺を見て、ご主人がちょっと得意げな顔になる。



「すげえだろ、大陸で一番でかい図書館って言われてるからな。あらゆる知識がここに集まってくるんだ。ここは一般向けの本や論説文がある場所だな」


 えっ、ここが全部じゃないの?


 ぐるりと壁沿いの回廊を歩いていくと、別の場所への通路がいくつかあった。そのひとつをご主人は進んでいく。


 そして、さっきの場所より少し狭くて、高い書架が並ぶ区画に来た。


 静かで人も少ない。


 ここ、もしや古語関連の場所か。巻物や石の板もたくさんあるぞ。



「おや、来たんだなハルク。待っていた」


 奥からひとりの女性が出てきて、ご主人に話しかけた。


 薄茶色の長い髪を結っていて、40代くらいに見える人だ。ということは、かなり年上だろう。俺はどうしていいかわからず、ご主人の影に隠れた。



「ああ、この間は写本をありがとうな、タリミラ。面白かったよ」

「うむ、我々も実に有意義だったよ。ところで、その隠れている少年は一体誰かな」

「えっと、こいつはアウル。こないだ別の街に行った時に買ったんだ。図書館を見せてやりたくて連れてきた」

「ほう、君が奴隷を買うとは。……坊や、私はタリム。この図書館で古書管理をしながら、教院で古代遺跡関連の講師をしている。よろしく」


 その女性、タリムは礼儀正しく挨拶をしてくれた。俺が話せないということを知っても、態度は変わらなかった。いい人かも。


 む、もしかしてご主人が所属しているという『古語研究同好会』の人かな。



「まあ、奥へ来たまえ。今度行く遺跡調査の話がまとまったんだ」


 案内されてバックヤードみたいなところへ入る。


 普通に来てたら絶対入れない場所だな。ちょっとわくわくする。



「来る年はアダンの年、学問街が中心になるから、教院はもう大忙しだよ」

「そんな時に遺跡調査なんか行っていいのか」

「いいんだ。年内に予算を使い切ってしまいたいし、祭りで浮き立つ学徒たちの愚行に頭を悩ませずに済む」


 率直な物言いの先生ってかんじだな、タリム。好感が持てる。


 奥の部屋には他にも数名いた。


 みんな、ご主人を見るなり笑顔で挨拶する。めちゃくちゃ人気者だ。


 勧められるままに椅子に座り、俺はご主人たちが話しているのを眺めることになった。



「傭兵団連盟のほうとも話がついてな、2日後の早朝に出発して、東に1日半の道のりを行った先にある遺跡を半日調査することになった」

「行程は全部で3日半か」

「どうだい、古語に造詣の深い君に護衛で来てもらえたら、こちらの人員を減らせるから助かるんだが」

「うーん、日程は大丈夫だが……」


 お、ご主人に護衛依頼か。護衛ってどんなことをするのか、まだ知らないんだよな。



「何か心配か?」

「護衛依頼は、ひとりでは受けないんだよ。それに遺跡調査に加わるんだったら、警戒がおろそかになるから、もうひとり連れて行きたい」

「ふむ、それは構わないが」

「そいつが来てくれるかどうかが、ちょっとな。まあ、何とか説得してみるよ。教院の出だから古語ができるし、魔法も得意だから役に立つ」

「わかった、冒険者の護衛依頼を二人分で申請しておく」

「それともう一つ」


 ご主人は、俺の頭に手をぽんと置いた。



「こいつも連れて行っていいか?」


 えっ。



「依頼料はそのままでいい。こいつは賢いし、邪魔にはならない。俺の助手として随行を認めてほしいんだ」


 聞いてないですが……いつものことだな。


 この間の森の探索と違って、馬車での旅になる。それなら俺も、付いていけるかもしれないが。


 いいんだろうか。


 タリムは少し考える素振りを見せた。



「なるほど……。旅の間、ひとりになる少年を預ける先が見つからないから、連れて行きたいというわけか」

「なっ……!」

「ふふ、ハルクよ、私はこう見えて二人の子供を育てた親なんだ。身に覚えはある。会合のたびに預け先には困ったものだよ。君の顔を見ればわかる」


 そうなんですか?


 ご主人を見ると図星って顔をしていました。


 そっか、ご主人と多分ノーヴェが護衛依頼で、アキとリーダーは収穫祭とやらに行くみたいだし、ダインも予定があるのかもしれない。


 またひとりになっちゃうのか。


 それなら連れて行ってもらえると、ありがたいな。



「遺跡はそう奥地でもないから、ひとりくらい随行者が増えても問題なかろう。それに君には恩があるからな。随行者一名、許可しよう」

「……ありがとう」


 ホッと安心のため息をついて、ご主人が肩の力を抜いた。


 タリム、理解のあるいい人でよかった。



 こうして、俺は遺跡調査についていくことになった。

 

 ちょっとだけ、楽しみかも。





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