116話 古物市




 朝。今日は週末だ。


 講堂にいく日である。



 ご主人は眠そうに朝練していた。帰ってきたのはやっぱり夜中だったみたい。


 部屋にたどり着けなかったっぽいダインのような塊が居間に落ちていたので、お酒もたくさん飲んだのかもしれない。


 簡素な朝食を済ませて、ご主人と一緒に講堂へ向かう。


 外は、雨上がりの爽やかな晴れだった。


 講堂には相変わらずたくさんの人が集まっていた。人々が囁き合ってる声が講堂の丸い天井に反響して、さざなみみたいな心地よい音になる。


 天井に書かれた文章、『星を……』だけは読めるようになった。大いなる進歩だ。


 先週とは違う男性が教壇に現れ、話を始めた。



「──斯くして、私はアダン像の天星候に問いかけた。来る年の吉凶はどのようなものなのかと。天星候は答えた、『八つのしるしの一つが間もなく消える。新しき巡りにて、それは再び灯る。そして再誕を祝福せんとして天へ兆は昇るであろう』と。これは『再誕』は本当に起こることであるという予見である。……かの英傑は、確かに新たな年に、この世代に顕現するという確証に他ならない!」


 また『再誕』の話か。来年が特別な年らしいのは何度か聞いたけど、どう特別なんだろう。


 英傑といえば、あの『英傑マールカ』が思い浮かぶ。マールカが再び誕生する?なぜだ。うーん、難しくてわからない。


 八つのしるしって『八星』と関係があるのかな。


 アダン像の天星候って何だろう。


 話についていけなくなって、まわりを見ると、今日はけっこうたくさんの人が起きていた。


 マールカの話はみんな好きなんだなあ。


 なんだか釈然としないまま、拝聴料を銀の皿に投げて講堂を出た。


 ちなみに、ご主人は講話の間ぐっすり寝てました。



 今日の区内は市が立っていて、賑わっている。


 古物ふるもの市というらしく、家庭の不用品などを売り買いするガレージセールみたいなやつだ。


 ご主人が見たそうにそわそわしていたので、一緒に見てまわることにした。



「こういうところで、掘り出し物の古文書が見つかったりするんだよな」


 だから、そわそわしてるんですか。


 古物市、おもしろそうだ。


 絨毯やテントがひしめき、あらゆる物品が並べられている。その中を、ご主人に手を引かれて通り抜けていく。


 不用品ばかりとはいえ、俺からすれば全部が新鮮だ。


 鮮やかな陶器、木彫りの置物、用途不明の道具、壊れた家具、布、絵、写本。


 写本があると、ご主人は必ずといっていいほど立ち止まり、手に取ってパラパラとめくる。


 参加している人たちは、けっこう激しく値段交渉していたり、思い出を語ったりと、賑やかだ。


 朝市などとは違って、売り手は商人だけではないし、商売っ気がないから雰囲気はけっこう穏やか。それでもたまに喧嘩があるせいか、衛兵が巡回してる。


 そんな中、ご主人は隅のほうで広げられた絨毯の前で立ち止まった。


 いくつかの巻き物と、置物と、古びた箱が並んでいるだけで、売り手は元気のない男性だった。



「箱をちょっと見てもいいか?」

「いいよ、好きに見てくれ」


 箱の中には、不思議な形の小さな花瓶のようなものが入っていた。


 ご主人はそれを取り出して、じっくりと眺める。あまり大きくない。


 穴がたくさん空いてるから花瓶じゃないな。


 楽器だろうか。



「祖母の残したものでね。困ったらこれを売るようにって」

「ふーん……いくらだ?」

「僕には価値がわからないし、それは音も出ない。買うなら君が値を決めてくれ」

「そうか……じゃあ、金貨1枚」

「わかった……えっ!?金貨1枚!?」


 金貨1枚!?


 ちょっと、ご主人!それはないでしょう。そういうときは、もっと安く言うもんじゃないの?値段交渉のセオリーはどこにいってしまったんだ。


 賭場帰りだから金銭感覚狂っちゃったのかな。いや、ご主人はそもそも計算が苦手……。


 売り手の男性も、目を見開いてる。



「ほ、本当に?」

「ああ。お前、これの価値が本当にわからないか?教院の古典音楽の研究者に見せたら、多分金貨10枚は出すぞ」

「金貨10枚!?」


 本当だろうか。でもご主人は古いものには詳しいからなあ。


 男性は腰が抜けたように、へたり込んでしまった。


 さて、どうなるか。



「どうする?」

「……いや、君に売るよ。祖母は言っていた、『最初に価値をつけた人に売りなさい』って」

「そうか……ほら、金貨1枚」

「うん、ありがとう。こんなことになるとは夢にも思わなかったよ、これで持ち直せるかもしれない」


 金貨を受け取った男性は、弱々しく微笑んだ。大事な遺品を売らなきゃいけないくらい、切羽詰まってたんだな。



「……お前の祖母に敬意を表してひとつ、良いことを教えてやる。楽器が入っていたこの箱、商工組合で鑑定するといい。おそらくだが、金貨10枚以上にはなるぜ」

「何だって?この古い箱がかい?」

「ああ、こいつは『維持』の古い魔法がかけてある。シンティア時代のものだろうな。この箱を集めてる蒐集家がいるんだ」

「そうだったのか……わかったよ、行ってみる」


 すこし顔色が良くなった。ご主人、やっぱり古いものに詳しい。



「気をつけろよ、鑑定所では始めは『これはせいぜい銀貨5枚だな』とか言ってくるだろうからな」

「鑑定所では嘘を言ってはいけないんだろう?」

「そうだ、だから鑑定の結果を教えずに値段だけ言うやり口だ。『じゃあ別の組合で売る』と言って帰るふりをしろ。そんで交渉して金貨10枚までは釣り上げろよ」

「……自信がなくなってきたよ。でも、試してみる。助言ありがとう。君に良き巡りが訪れることを願っているよ」

「ああ、お前もな。良き巡りなら、もうここにある」


 そう言って笑い、ご主人は買った楽器を掲げた。


 なんだ、ちゃんと値段交渉をわかってるんだ。やけに具体的なアドバイスだったから、実際に買い叩かれた経験があるんだろうな。きっと。


 すっかり元気になった幸薄な男性と別れ、さらに市を見て回ってから拠点に帰った。


 ぽん、と金貨を出しちゃうんだよな。


 これからは、ご主人の散財を止める、という仕事も増えそうな気配がする。



 ……俺もお金を持ったら散財しちゃいそうだ。反面教師からしっかり学んで気をつけよう。



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