111話 耐性
「ハルクは毒への耐性が強すぎるから、普通の毒消しじゃ無意味だろ。吸収剤塗って吸い出さないと」
「在庫あるかァ?」
「粉末がまだある……ハァ、冬が来る前にこれも買い足すか」
「じゃ、ノーヴェとシュザは吸収剤作り、坊主はそこの布を洗って浄化だ。できるなァ?」
みんなは慣れた様子で対応していく。
俺にも仕事が与えられた。どうしようって半泣きだったけど、みんな平然としてるからきっと大丈夫なんだな。
冒険者ってこういうことにも慣れなきゃいけないのか。虫は嫌だ。
ノーヴェは調薬のセットのようなものを広げた。鉢に薄い茶色の粉末を入れて、水を加えながら練っていく。リーダーはそれを手伝う。
そして、ダインは患部に俺が浄化で綺麗にした布を当てて、その上からノーヴェたちの作ったどろどろしたやつを塗っていく。
全体に塗ってからまた布を当てて、ダインが何が魔法を使って……。
おお、どろどろしたやつが青くなっていくぞ。
毒を吸い出したんだな。
「この蜘蛛は夜しか活動しないから、昨日の夜のうちに服に入り込んだんだろ。そんで酒と風呂で巡りが良くなって毒も回った……ってところだと思う」
「普通なら派手に症状が出るところが、ハルクが毒に鈍いせいで今の今まで気づけなかったんだろォよ」
「ダインから離れて活動した、というのもありそうだね」
そっか、夜に森を移動した時に。
でも、背中には俺がいたから、入り込むのは難しい気がするんだけど。俺が噛まれてもおかしくなかったのに。
ご主人がひとりのときに入り込んだのかな。
俺が首を傾げていると、ノーヴェが近づいてきて頭に温風を当ててくれた。
「ちゃんと乾かさないと、冷えるよ」
そうだった。すっかり忘れてたなあ。
こうやってノーヴェに乾かしてもらうの、久しぶりだ。やっぱり加減がすごく上手だ。気持ちがよくて目を細めた。
「うーん、アウルの髪はやっぱりここだけどうしても跳ねるな……」
何やら頭上で唸っている。
あっ、ポメも乾かしてやらなきゃ。手のひらに取り出すと、まだちょっと湿ってた。
濡れたまま入ってたのか、お前。体の中にしまって状態がリセットされるわけじゃないんだなあ。不思議だ。
手の上でポメに温風を当ててやると、ふんばっているものの、途中で耐えきれずにコロコロ転がってしまう。こちらも加減が難しいぞ。遊んでると勘違いして喜んでるけど。
俺の髪を乾かす温風が止んだので、終わったのかと思ってノーヴェを見ると、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでいた。ぷるぷるしてる。
ついでにリーダーも胸を押さえてうつむいてる。
……もしかして、まだポメ耐性がついてなかった?悪いことしちゃった。
「なあシュザ……夢じゃなかったな」
「うん。何だろう、この形容し難い感情は。こんな気持ちになったのは……初めてだ」
二人にポメが効きすぎた。恋の病みたいになってる。ダインにも治せないやつだ。
ちょっとずつ慣れてください。みんな強い冒険者だけど、ポメ耐性は低い。
ご主人のほうは、毒を吸収したどろどろを洗い流して、さらに何か処置をしてるところだった。軟膏をぬってるのかな。
紫色はすっかり消え、ちょっと赤いだけになってる。よかった。
何か手伝えることはないかと思ってダインの横に行ったら、俺とポメを見てぐっと顔をしかめ、肩を震わせ始める。
お前もか。こっちは笑いのツボを押しちゃったな。
みんなの邪魔しちゃ悪いから、ポメをしまった。
治癒が終わり、居間でご主人の髪を乾かしてあげていると、アキが温めた牛乳っぽいものをもってきてくれた。すこし甘い。
体がちょっと冷えたから助かる。
気が動転していたとは言え、素っ裸で走り回っちゃったな……。
うわ、思い出したら猛烈に恥ずかしくなってきた。クッションを抱きしめて顔をうずめた。
「おー、やっぱり体が軽くなった。ありがとうな」
「礼なら坊主に言え。オメェひとりじゃ気づかなかったろ」
「そうだな、ありがとうアウル」
頭を撫でられる感触がした。
クッションに顔を突っ込んだままうなずく。
大事がなくて良かったです。
「……なあハルク、真獣を殴ったのってどっちの手だった?」
「え?うーん……多分、左手?」
「毒も左側に広がってたよな。やっぱり、真獣を殴るのはまずかったんじゃないか。その毒、怒りを買ったのかもしれないぞ」
「それはあり得る話だね」
あのデカ犬が怒って毒を仕掛けたってノーヴェは言いたいのかな。それはどうだろう。
犬は反省してたし、どっちかというとご主人のほうが立場が上っぽかったからなあ。やばい毒を仕込んだりするかな。
というか、そんなことできるのか?できそう。
「……無い、とは言えねえな。俺が耐性があるのをわかってて、効くやつを仕掛けてきたかもしれねえ。あいつめ、大人しくしたと思ったら。今度会ったら許さん」
「だから、何で真獣相手にそう喧嘩腰になれるんだよ。また怒られるぞ」
「怒ってるのは俺だ」
「そういう問題じゃないって」
真獣なりのプライドとかあるのかもしれない。難しいな、犬の世界。じゃなくて、森の世界。
「そこまで好戦的なのは珍しいね。ハルクは格闘をしたがらないし、ましてや素手で戦うことはしないだろう?」
そうなの?
クッションから顔を上げて、リーダーとご主人を交互に見る。
ご主人は、ばつが悪そうな顔になっていた。
「……素手で手加減しなくていい相手なんて、久しぶりだったから」
わあ、圧倒的強者のセリフだ。
ご主人はいったい何者なんだ。あらゆる面で強すぎるが。
でもなあ。
ご主人がどれだけ強くても、俺の目には力一杯遊んでくれる相手がいてうれしいワンちゃんのようにしか見えないのだった。
何にせよ、教訓はひとつ。
森に行くときは、絶対に虫除けもしくはダインを忘れてはいけない。
覚えました。
こうして、森に関する一連の騒動は、ようやく終わりを迎えた。
緊張が解けて眠くなってきた。
ノーヴェはポメのことを恐る恐るご主人に尋ねている。
それにご主人が雑に返事をしているのを聞きながら、俺はすっかり寝入ってしまった。
そして朝起きたら、自分のベッドじゃなくてご主人のベッドだった。
ご主人にがっちりしがみついたまま離さず寝てしまったようでした。
また恥ずかしい歴史を増やしてしまった。
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