110話 ちいさないきもの



 その後の居間は、阿鼻叫喚というか、すごいことになった。


 まずノーヴェが撃沈した。


 石化が解けて、ちびポメに指でちょんって触って「え、これ何……犬?なんでこんなちっちゃいの?意味がわからない。えっ?」とか言いながらポメに鼻ツン挨拶をされた途端に沈んだ。床に。


 そしてリーダーも撃沈した。


 リーダーは俺と犬を交互に見て、抑えきれない込み上げる何かに襲われて放心した。生きてほしい。


 ダインも沈んだ。


 ダインは俺がちっちゃい犬を持ってる絵面に耐えられなかったのか、ひたすら笑って転がっていき、笑い死にした。許さんぞ、生きろ。


 アキは、彫像になったまま微動だにしない。死んだふりしてるの?


 うーん。


 いろいろ説明する前にこれだ。



「よし、風呂に行くぞアウル」


 ご主人はいい笑顔で俺を抱き上げ、収拾のつかなくなった居間を見捨てて風呂場へ向かった。


 放っておいていいんだろうか、と一瞬思ったけど、俺のせいなのでどうすることもできない。


 みんな生きてくれな。


 頭に乗ったポメと一緒に願った。






「あ〜…………」


 湯船に漬かり、おっさんみたいな声を出すご主人。


 おつかれさまです。



「あの犬、挨拶したんですか」

「おう、みんなびっくりしてたぜ。真獣なんて伝説の生き物だと思ってるやつばかりだからな。その眷属と話したんだから、大変だったよ」

「話した?」


 しゃべったの?俺とはしゃべらなかったのに。それは大騒ぎだっただろうな。眠犬に今度会ったらしゃべってもらおう。


 ポメもお湯に入りたがり、うれしそうに犬掻きで湯船を泳いでいる。大丈夫なんだろうけど、不安だから次からはポメ用にちっちゃい木のお椀とか持って入ろう。


 手のひらに乗せると、水分でずいぶんとスリムになったポメが現れた。


 ぺしゃんこの姿が面白くて、ご主人と二人でクスクス笑う。


 ポメはブルブルブルブル!と体を振って水分を撒き散らす。顔に水飛沫がかかって「わっ!」て声が出た。


 あ、元のふわふわ毛玉に戻ったぞ。



「この子、名前あったほうがいいですか」

「どっちでもいいんじゃないか」

「あの犬の名前なんだったんだろう……」

「確か……森狼ヴァウドゥだったかな。眷属のあいつは何だっけ……ワ……ワヌ……ワヌドゥ、そんなだったと思うぞ」


 ヴァウドゥとワヌドゥ。


 犬の鳴き声みたいな名前だな。というか狼だったんだ……犬、犬って呼んでてごめん。


 ポメはポメでいいかな。こっちの世界じゃ通じない言葉で、名前っぽいし。ポチっていうのも芸がない。



「ポメって呼びます」

「ポ、メ?言いにくいな。ポムでいいか?」


 さっそく改名しないでください!


 ご主人はぽむぽむ言いながら、ポメを指で撫でてる。ちっちゃい舌でぺろぺろされて、くすぐったいと笑った。


 この調子だと、ポムになっちゃいそうだな。だが広まってしまったら俺に訂正するすべはない……。


 ちょっと、むっとしながらお風呂タイムは終わり。


 ザバッとご主人が湯船から出る。


 俺も続いて出ようとして……。



「うわあああ!」


 悲鳴が出た。



「どうした?そんな大きい声出して」

「ご主人……せなかっ…………それ………」

「うん?背中?」


 ご主人は自分の背中を見ようと首を回したが、見えないようだった。


 ご主人の背中は、左側がまだらな紫色になって腫れていた。


 やばい。


 絶対にやばいやつ。明らかに異常!



 ダイン呼ばないと!


 

 俺は服もろくに着ずに風呂場から転がり出て居間に走った。


 ダイン!どこだ!


 床に転がってるダインを発見して、べしべしして引っ張って起こした。


 ダイン!ご主人が大変!紫で、やばい!



「……あァ?オメェ服着ろよ……何、ハルクがどうしたって?おい引っ張るな」


 とにかく来て!


 ぶつぶつ言ってなかなか動かない図体のでかいやつを、ぐいぐい引っ張って風呂場に連れて行く。


 あんなのぜったいヤバいって。



「ハルク、何が……」

「なあ、背中何かあるのか?見えなくて」

「座れ」


 ご主人を見た途端、ダインはシャキッとしてテキパキ指示を出し始めた。


 俺に服を着てノーヴェを呼んでくるよう言いつける。


 そして紫のヤバいかんじになったご主人の背中を診察し始めた。


 どうしよう、ご主人が変な病気だったら。



「何……うわ、何だそれ!」

「どうしたんだい……これは」


 俺が引っ張ってきたノーヴェと、リーダーも騒ぎを聞いて風呂場に来た。入るなりドン引きしている。


 誰の目から見てもヤバいよな。



「毒の症状だなァ。ここンとこに噛まれた痕がある。蜘蛛じゃねェか?」

「ああ、それでなんか疲れが抜けなかったのか」

「森の中で服に紛れたんだろうか」

「ノーヴェ、毒消しと軟膏持ってこい」

「ハルクに効くか?」


 蜘蛛だったのか。


 えげつないことになるんだなあ。


 何とかなりそう、かな。俺は放ってあったご主人の服を水球で念入りにわしゃわしゃぐるぐるする。


 あっ、何かいたぞ。


 すごーく小さいが、黒いものが見えた。その部分だけ水球から分離してダインのところに持っていく。



「あ?……やっぱり蜘蛛か?」

「アウル、この中に入れてくれるかい」


 リーダーが差し出したガラス瓶に、水球に閉じ込めてある蜘蛛らしきものを突っ込む。


 戻ってきたノーヴェが、その瓶を眺めて険しい顔になる。ヤバいやつかな。



「……お前、こんなのに噛まれてなんで平気なんだ。これ、特定条件下で猛毒になる毒液をもった種類だぞ」

「俺に毒は効かねえから」

「それでもこれだけ腫れてやがる。常人なら高熱と目眩と呼吸困難くらいにゃなるぜェ。痛みは?」

「何となく痺れてる気がする」

「麻痺系か」


 そんなヤバいやつだったか。


 そんなヤバいやつに刺されて、疲れが抜けないなあという程度で済むご主人も、かなりヤバいやつだな。


 まだ心臓がばくばくしてる。


 不安な顔をしていたからか、リーダーがしゃがみ込んで、濡れたままの俺の頭をそっと撫でた。


「よく気がついてくれたね。ダインがいるから、もう大丈夫だよ」


 ちょっと涙目でうなずく。


 ご主人が無駄に強靭な人でよかった。超有能なダイン先生と、薬に詳しいノーヴェがいてくれてよかった。リーダーが優しいのでよかった。


 俺はやっと、少しだけ力を抜いたのだった。



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