108話 お出迎え




 うーん。夢じゃなかったか。


 

 ヤクシが買ってきてくれた朝食のパンをもそもそ食べながら、机の上でピョンピョンする白い毛玉を眺めて、ため息をついた。



 夜の散歩のあと、気がついたら拠点のベッドで朝を迎えていた。


 昨夜の出来事が夢じゃなかったことを確かめるために、「出てこい」と念じて手のひらを見る。


 白い毛玉がシュッと現れ、俺に向かってキャン!と聴こえない声で挨拶した。


 そしてすぐに自分にしっぽがあることに驚いて飛び上がり、しっぽを追いかけて高速回転を始めた。


 ちょっとバカな子なんだろうか。


 犬ってみんなそうなのかな。

 それともこのポメがそうなのか。


 ともあれ、確かにポメがいた。つまり、昨日のことは夢じゃなかった。


 そう、俺の中に仔犬の意識の欠片がある、というのも夢じゃなかった。



 ……うわあああ!


 何だ、仔犬の意識の欠片って!

 

 1割は犬って何!俺はいったい何!どこからどこまでが俺なんだ!


 アイデンティティ崩壊の危機に、頭を抱えてのたうち回る。


 しばらくベッドでうねうねしてから、とんぼ返りを試して失敗してるちびポメをしまい、顔を洗うことにした。おまえは悩みがなさそうでいいな。


 悩んでも悩まなくても、日々は過ぎていく。朝ごはんを食べて、掃除をして、それから悩もう。



 そういうわけで、テーブルにポツンと置いてあったパンを齧りながら、ちびポメを眺めている。


 寝坊したからか、ヤクシの姿はない。

 

 みんなはいつ頃帰ってくるかな。きっと夕食前には帰ってくるはず。ご主人は夜通し走ってたけど、大丈夫かな。走れ何々、の主人公より走ったんじゃないだろうか。


 ご主人は違うって言ってくれたけど、元凶が俺なのは間違いない。


 いろんな人を振り回しちゃった。


 大事に至らなくてよかった。俺はもっと知識とか危機管理能力とかつけるべきなのかも。それでも日常に潜むあらゆる罠を避けるのは難しいだろうけど。


 まだまだ、ひとりじゃ生きられない。


 もどかしいな。


 

 ……ところで、ちびポメや。そのパン屑を食べて平気なのかい。


 食事は魔力ちょっと吸うだけでいいらしいけど、食べたものはどうなるんだろう。


 じっと眺めていると、ちびポメの食べたものはキラキラ光って消えているみたいだった。


 まさか、魔法で魔力に還元して吸収してる?


 かしこい!


 魔法使えるんだなあ。これ『浄化』と同じやつかな、還元魔法。


 ……あれ?俺が『浄化』が得意なのって、仔犬の意識が混ざってるから、だったりしますか。うわあ……便利なのでありがたいけども。


 『浄化』について、最近わかってきたことがある。


 それは、有機物の『浄化』はすごく楽で、無機物の『浄化』は難しい、ということだ。


 たとえば、室内にホコリや塵があり、それらを『浄化』で綺麗にしようとする。


 ホコリはたいてい有機物の塊なので、スッと消える。


 しかし、砂などが混ざった塵はなかなか消えない。めちゃくちゃがんばって消すより、掃いたり、吹き飛ばしたりするほうが早い。


 どうしてそうなるのか、理由はわからない。『浄化』で消えるのはゴミだけで、他のものは消えない。原理が謎だ。


 そもそも有機物や無機物という概念だって、ここで通用するかどうかわからないんだ。


 まあとにかく、そこらへんを踏まえて掃除の手順をきちんと考えると、よりスムーズに、そして魔力を節約しつつ動ける。


 俺も、掃除に関してだけはプロになりつつあるぜ。本業だからな。



 遅く起きた午前中は、ポメとじゃれながら掃除に勤しんだ。


 ポメは時々『浄化』で手伝ってくれるんだけど、すぐ箒にじゃれついてきて、ゴミと一緒に掃いてしまうので肩に乗せておいた。


 肩に乗せると、寝た。赤ちゃんかな。


 楽しそうでいいな。


 俺の一部らしいし、きっといろいろ大変な思いをしてきたはずなんだが。そうとは思えない能天気さだ。


 生活が、ほんのちょっと賑やかになった。



 問題があるとすれば、これをリーダーたちにどう説明するか……。黙っておくのは無理だ。だってポメを自由に歩けるようにしてやりたい。


 まあ、手もかからないし汚さないし小さいし、飼っちゃダメとは言われないはず……うーん。俺の存在だって結構な悩みの種だと思うのに、さらに増やしてしまった。


 何とか受け入れてもらえるように、がんばるからな。


 舌を出したまま寝ているポメを、そっとしまった。


 


 昼が過ぎ、おやつの時間も過ぎて、夕刻。


 家の明かりをたくさんつけて、玄関で待っていたら、馬車の音が聞こえた。ざわざわという声、馬の嘶き、がちゃがちゃと音がする。やっと、みんなが帰ってきたぞ。


 そして、扉が開いた。



「ただいま〜!……あれ、アウル?ここで待っててくれたのか!」


 賑やかに入ってきたノーヴェにギュッとされる。力加減、力加減!



「はぁ……日常だ……日常がここにあるぞ……やっと戻ってこれた……あかるい……家に帰って出迎えてもらえるっていいな…………」


 森でいったい何があったんだ。なかなかノーヴェは離してくれなかった。


 何だかかわいそうだったので、よしよししてあげると、ますます離れなくなる。赤ちゃんかよ。



「ノーヴェ、そのへんにしておくんだ」

「もうちょっと……」


 リーダーに諌められて、やっと離してくれた。よかった、生き延びた。


 ……と思ったら、今度はリーダーにギュッとされ、頭をわしわしされる。ノーヴェを諌めたんじゃなくて交代してほしかったのか……そうか。


 何だか、二人ともいつもと様子が違う。


 ダインとアキはいつも通り。ご主人はいつも通り、ではなく疲れた顔をしていた。それはそうだよ。



「うわーー!湯が入れてある!ありがとうアウル!」


 風呂場からノーヴェの声が響いた。


 そうです。お湯を張っておきました。いつもはノーヴェがさっと出してくれるのだが、今日は俺ががんばったよ。



「ひとりで寂しくなかったかい。置いていって悪かったね」


 寂しかったけど、ヤクシもいたし、まあいろいろ……ありましたので。


 俺は言葉にできないあれこれを、ぜんぶギューの中に込めた。


 珍しく、アキも俺にただいまと言って挨拶をした。


 ダイン?やつなら俺の顔を手で挟んで、むにむにしながら「よし、異常なし」とか言ってたが。診察されてしまった。


 最後に、疲れた顔のご主人を見上げる。


 俺を見てホッとしたような顔でうなずいたので、うなずき返した。うむ、おつかれさまでした。



 みんな、おかえりなさい。




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