106話(別視点)探索隊の朝




「なあ、何が起きたんだ」

「わからん」

「まるで違う森にいるみたいだ……」


 森の中で一泊した探索隊は、朝目覚めてすぐに変化に気がついた。


 昨日までは、少々ざわついており居心地の悪さがあったが、今朝は浅い部分とほとんど変わらない雰囲気になっていた。


 薄暗かった森の中は見通しが良くなり、重い空気は軽く、楽しげな鳥の鳴き声が響き渡る。


 木々には季節の果実が実り、冬の手前とは思えないほど、緑は色鮮やかだ。


 以前に戻った、というより、以前よりさらに豊かになっているように感じる。


 一体何が起きたのか。


 夜の間は交代で見張りをしていたはずだが、この変化に気がついた者はいなかった。



 皆が首を傾げる中、『ガト・シュザーク』の面々は、気まずい思いをしながら朝食をとっていた。


 恐らくハルクが何かした結果だということを知っているからだ。当人はまだ天幕の中で寝ている。


 まさか、本当に解決してしまうとは。


 これを隊長にどう説明したものか、シュザは頭を抱えた。



「ハルク、起きろよ」

「……う〜ん…………ノーヴェ……あれをくれ……元気になるやつ……」

「ハァ、一体何をやってたんだ」


 珍しく寝ぼけているハルクに催促され、ノーヴェは滋養の薬瓶をひとつ渡す。


 のろのろとそれを飲み干したハルクは、ようやく目が覚めた、というように首を回した。



「おはようハルク。疲れているところを悪いけど、少しいいかな」

「俺ならもう平気だ」

「問題はもう解決した、と思っていいのかい」

「ああ、森の様子も戻ったろ?」

「そうだね、とても驚いたよ……他の人たちも変化に気づいている。このまま知らない振りを通すのは難しそうだ」

「えっ」


 周りの森の様子を見回し、今度はハルクが頭を抱えた。


 と言いつけたはずだが、あの真獣は少しやりすぎたようだった。



「……みんなに話すよ、言える範囲のことを」

「わかった。でも、責任は僕が持つから君は後のことを心配しなくていい」

「いつも悪いな、リーダー」

「いいんだ、長たる者の務めだよ」


 シュザは、項垂れるハルクの肩にやさしく手を置いた。


 不器用で、破天荒で、予想外のことをしでかす彼だが、常に真剣で一生懸命であることもよく知っていた。


 きっと、今回のことも彼なりに精一杯頑張ったに違いない。



「誓いは果たされた。これは返そう」


 ハルクから預かっていた緑の布を、二の腕に結んでやる。あるべき場所に収まったそれを、ハルクは嬉しそうに撫でた。



 探索隊が集まり、朝の話し合いが始まった。


 議題はもちろん、森の現状についてである。



「これは、解決したってことでいいのか?」

「真獣は去ったのだろうか」

「だが、どうして」

「だれか、情報のある者はいるか?」


「僕から、いいかな」


 皆が議論する中、シュザが声を上げた。



「実は、昨夜、ハルクが真獣と話をつけたようでね」

「何だって?」

「すまない、僕が指示をしたんだ」

「……そうか。ではハルク、真獣は去り、問題が解決したということか」

「ああ。探しものをしていたらしくてな。それを見つけてやったら帰ったよ。ついでに森も元に戻した」

「なるほど……」


 皆、にわかには信じられないという表情だった。


 だが、実際に森は元に戻って、いやそれ以上の状態になっている。それが動かぬ証拠だった。


 隊長はしばらく考えていた。



「……今日は頂上まで行く予定だった。確認のため、やはり上までは調査をしておきたい。皆はどう思う?」


 隊長の妥当な案に対して、口々に賛成の言葉が出た。


 こうして、探索隊は調査を再開するべく、撤収作業を始めたのだった。



 王都の北西に位置する森は、そのまま小さな山に繋がっている。探索隊はその中腹あたりで野営したため、山頂へはほどなくして到着した。


 そこは少し開けて草原のようになっており、季節の花がまばらに咲いていた。


 道中も特に問題はなかった。


 昨日たくさん見た『歪み』も、動植物の変化も見当たらない。


 完全に、異変は消えたと言って良かった。



「……なんだか、拍子抜けだなあ」

「そう言うなって。何もないに越したことはないだろ」

「でも、『真獣』がいるって言い出したのはハルクで、真獣と会ったのもハルクだけだろ?本当に真獣はいたのか?」


 誰かの言葉が、波紋のように広がった。


 自分の目で見ていない事柄に疑念を抱くのは、当然のことだった。


 本当はいなかったのではないか。


 ハルクの勘違いではないのか。


 そう思い始めてもおかしくはない。森の異変はたしかに収まったが、そもそも本当に真獣が関係していたのだろうか。


 そのように、調査隊がざわつき始めた中。



「真獣はいるぞ」


 ハルクが静かに断言した。


 そして、草原の先を指差す。



「そこにいる。……正確には真獣の眷属が、俺たちを見ているぞ」


 一斉に、指の差すほうへ視線が向いた。


 はたして、そこには白い犬の獣が座り、こちらを静かに見ていた。さっきまで、何も無かったはずの場所だ。


 明らかに、普通の動物ではない。



 その大きさに、美しさに、誰もがおののいた。


 そして、声が轟く。



『星の眼を授かりし民よ、よくぞ来た』


 その頭に直接響く言葉に、誰もが理解せざるを得なかった。



 ハルクは、正しかった。


 真獣は、確かにいた。







***

別視点、続きます。



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