105話 手のひらの上




「いいか、お前が乱したんだから、きっちり森を元に戻せよ?アウルだってこの森の外縁で採集するんだ。危ない目に遭わせたくないだろ。ちゃんとしなかったらお前の主に言いつけてやるからな。それから!もうアウルに会いに来ようとするなよ。来るなら眷属に頼め。わかったな?」


 ふわふわポメ軍団を堪能した後、ご主人が犬にしっかり言い聞かせていた。


 真獣かつ森の番人、というすごい犬みたいだけど、そんな犬より立場が強そうなご主人。いったい何者だ。ボス犬?


 犬は項垂れてご主人の言葉を聞いていた。


 自分でも大変なことをしてしまった、という自覚があるようだ。


 きっと、俺が助けを呼んでしまったから、心配でいてもたってもいられなかったんだろう。


 来てくれてありがとう。


 サンサの屋敷以前のことを何一つ知らなかったから、俺のルーツが少しでもわかって嬉しかったよ。まさか犬が混ざってるとは思わなかったし、元の身体のこととか疑問もさらに増えたけど。


 俺は前あしにギュッと抱きついた。


 大きくなったら、俺が会いに行こう。


 冒険者になる理由がひとつ増えた。



 犬は、鼻先でつんつんと俺を突いた。


 何だろう。


 見上げると、犬の鼻先に、小さな光の玉が浮かんでいた。


 それはゆっくり俺のところに落ちてくる。


 慌てて両手で受け止めると、光は俺の体の中に溶けるようにして消えた。


 ふわっと頭があたたかくなり。


 気づけば、手のひらの上に、何かが乗っていた。


 毛玉?


 ……ちがう。ポメラニアンだ。


 めちゃくちゃ小さい、ハムスターより小さいポメラニアンが、嬉しそうな顔で俺を見上げていた。


 そのポメは、聴こえないけど、たぶんキャン!と鳴いてから手のひらの上をぐるぐる駆け回っている。


 なんだ、このちいさくてかわいいの。


 俺にくれるの?



「……砕けた欠片を集めたのか」


 ご主人がびっくりした顔になってる。



「かけら?」

「こいつ、砕けた意識の欠片を集めて回ってたみたいだ。何とか集めた分を再構成して、お前のとくっつけたら、こうなったらしい」

「じゃあこれ……」

「お前の中の仔犬……の不完全なやつだって」


 意識って、向こうの世界で言う『魂』みたいなものかもしれない。


 普通の生き物じゃないとは思ってたけど、砕けてしまった眷属の魂を集めてまた形にして……って真獣はそんなことが出来ちゃうのか。


 俺はこのポメをどうすればいいんだ?



「そいつは、もうアウルの一部だから、アウルの中に住ませてやってほしいってよ。自由に出し入れできるし、魔力をほんの少し吸収するくらいで害もない。目印にもなるって。契約か『加護』みたいなものだと思えばいい」


 ポメの加護か。癒しの力がすごそう。


 俺の中の欠片を通じての共存関係、ってところだろうか。


 うぬぬ。よくわからないが、不思議なことが起こるもんだな。これも真獣が普通の動物じゃないからか。


 そんなわけで、ちいさなポメがペットになりました。


 こいつ、大きくなるのかな。


 ちびポメに「戻れ」と念じたら、溶けるようにスッと消えた。「出てこい」と念じると、また手のひらに現れて、元気に駆け回る。


 本当に俺の中に入ったり出たりできるんだ。


 ちなみに、大量発生したポメ軍団は、デカい犬の体の中にしまわれた。あいつらも親犬の体を自由に出入りできるみたいだ。普通の生物とは違う原理で生きてるんだろうな、真獣って。


 手のひらに乗せたちびポメを、デカ犬の鼻に近付けてあげる。お別れを言いたいみたい。何となくわかる。


 俺には聴こえない何らかの意思疎通が行われ、犬は離れた。


 そろそろ、さよならだ。


 とても短い出会いだったけど、寂しいな。



 そう思っていたら、犬の後ろから、のっそりと別の犬が現れた。


 同じような姿で白い犬だが、最初のデカ犬よりはかなり小さい。それに眠そうな顔のやつだ。



「ん?何だこいつ……この森に置く?たしかにここは番人不在だが……管理を任せてこいつを通じてアウルの様子を見る、だと?お前なあ……最初からそうしろよ」


 呆れたような声を出すご主人、そっぽを向いてるデカ犬。


 俺の心配をしてくれてるのか。


 新たに現れた犬は、俺のところにきてふんふんとひと通り匂いを嗅いでから、俺の胸元にぐっと鼻先を押し付けた。


 わ、何か魔法を使った?



「こら、お前勝手に……ん?」


 ご主人が俺の胸元から笛を引っ張り出した。


 ご主人にもらって、なかなか使う機会がないあの笛。確か、魔力を込めて吹いたら魔物がやってくるという……。



「書き換えやがった……」

「どうなったんですか」

「前は魔力を込めると魔物寄せになる笛だったが、今は、森の中で魔力を込めて吹くとこの犬が来る」


 新たに現れた犬は、眠そうな顔でオン…と吠えた。


 なるほど、犬笛になったのか。すごい。


 何かあったら頼らせてくれな。こいつも俺……の中の仔犬と兄弟なんだろうか。


 手を伸ばして首すじの毛を撫でると、ちょっと気持ち良さそうな顔をした。眠犬、デカ犬よりは小さいが、それでも大きい。


 デカいものを見すぎて、サイズの感覚が麻痺しそうだ。


 今夜は大変なことがいっぱいだったな。


 かなり夜も更けてきて、俺は眠気を誤魔化せなくなってきた。


 まぶたが重い。



「そろそろ戻るか」

「はい」

「リーダーたちの顔、見ていくか?」

「……帰ってから、出迎えます」

 

 そうだったよ、俺は拠点からは離れた森に来てるんだった……またあの道のりを戻るのか。


 みんなに会うのは、今はやめたほうがいい気がする。お出迎えするまでのお楽しみに取っておこう。


 またご主人に背負われ、紐で固定される。


 振り返ると、二頭の犬が俺たちを見送ってくれていた。


 俺の、家族だったもの。


 

「さよなら」


 小さな声でそう言うと、犬たちは遠吠えする時みたいなポーズをして応えてくれた。


 またね。


 そういえば俺、犬の前では声を出せたな。人間以外なら大丈夫ってことか。


 これは新たな発見だ。


 

 こうして、俺とご主人の夜中の長い長い散歩は終わりを迎えた。


 俺はご主人の背中ですぐに寝入ってしまったので、いつ拠点についたのかわからなかった。


 だから、「リーダーに何て言えば……」というご主人の呟きも聞き逃していたのだった。







***

次回、別視点。




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