104話 かけら
「どうした、悲しい顔だぞ」
「おれのせいで、みんな大変だったから……」
「何がお前のせいなんだ?」
「だって」
ご主人が俺の表情に気づいて頭をよしよししてくれる。
言葉が上手く出てこなかったが、俺のせいだと思う理由をたどたどしく話した。
「うーん、俺はそう思わないけどな」
ご主人はひと通り聞いてから、そう呟く。
どう考えても、この森の騒動はぜんぶ俺に発端があると思います。お騒がせして申し訳ない。
ご主人は俺の顔を覗き込んでゆっくり話し始めた。
「まず、仔犬の意識の欠片が入り込んだのはアウルのせいじゃない。わかるか」
「……はい」
「夢を見て、怖い思いをしたのもアウルのせいじゃない。その声を聞いてこいつが勝手にやってきたのが悪い」
「……」
「……それと、気付いていたのに、ここまで大事になるとは思ってなかった俺も悪い。ごめんな」
謝ることなんてないのに。
ご主人の目はもう金色じゃないけど、キラキラと揺れている。
……と思っていたら、犬がクゥンと切ない鳴き声を出して、俺たちをぺろぺろし始めた。
うわわ。でっかい舌だ。
べとべとしないんだ、不思議だな。
「だいたい全部、こいつのせいだから、気にするな……こら、そんなんで誤魔化そうとするな。欠片は取り出せねえけど、無事なのを見て満足しただろ。俺がやったんじゃないのも理解したか?………こいつ、俺が仔犬を盗んだと思って襲ってきやがったんだ。俺とアウルが契約で紐付いてるから、勘違いしたってよ」
「……ご主人、言葉がわかるんですか」
当たり前みたいに話してるけど。俺には何もわからないぞ。
「ああ、こいつらみたいな階位の高い獣は、意識を持ってるから人と会話できるぞ。こいつの言葉は古いから、アウルには難しいかもしれない」
そもそも何も聴こえないので……。やっぱりご主人は、いろいろ規格外というか、常識が何一つ通用しないということがよくわかった。
それより、この犬はこれからどうするんだろう。
目当ての
「これからどうするんですか」
「そうだな……こいつには、この森の異変を直してもらう。そして速やかに帰ってもらう」
「直せるんですか」
「森の生態の調整が、真獣の役割だからできる。……何?連れ帰りたい?バカめ、許すわけないだろ。アウルの意識は9割が人間だぞ」
そうか、俺の意識は9割が人間……1割は犬ですか。初めて知ったぞ。
……それじゃあ元の身体の少年の意識も、その9割の中に含まれているんだろうか。
仔犬の意識の欠片があるなら、この身体の持ち主の意識の欠片もあるのかもしれない。
待てよ。
悪夢の中では、仔犬になった俺と、小さな子供になった俺がいた。どちらにも同じ男が登場した。あまり思い出したくないが。
しきりに俺を従わせようとしていたな。
あの男が、何らかの目的で、この身体の少年と仔犬に何かをしたんじゃないか。
例えば、意識を入れ替えるとか。
……やめよう。たかが夢の話だ。
今はまだ、知るべきじゃない。
俺が暗い顔をしていたからか、犬がぺろりと顔を舐めてきた。
くすぐったいなあ、もう。
首筋の毛を触ると、ふかふかしている。
こんなに大きいんだから、毛も太くてごわごわしてそうなのに、すごく柔らかい。
う……埋もれてみたい。
さっきまでは怖かったのに、今はすごく、そのふかふかを堪能したい。
少しならいいかな。
子供なら許されるか?
試しに、鼻に触って、ふかふかに埋もれてもいいですか?って心の中で尋ねてみた。
そうしたら、犬は、伏せの状態から、ゴロンと横になって、お腹を見せてくれた。
通じた……!
会話ってこんなのでいいんだ。
「わ、どうした?」
急にゴロンとしたから、ご主人が少し驚いている。
いいんですね?いっちゃうからな!
もふっ!
俺は勢いよく、犬のお腹に飛び乗った。
うわあ〜……これはすごい…………。
きっと最高級のベッドよりすごい。
しあわせはここにあった。
呼吸に合わせてゆらゆらして、すこし暖かくて、手触りが抜群のベッド……。
大きな動物のふかふかに埋もれる、という全人類の悲願を達成してしまった。
こわい思いをした甲斐があったなあ。
ご主人はちょっと呆れた顔をしてる。
「さっきまで怖がってたくせに……楽しそうだからいいけどな」
ため息をついて、ご主人も犬にもたれかかった。
ハァーーーー……このまま寝ちゃいそう。
ここに住みたい。
じっくりたっぷり堪能してから、名残惜しいが、ふかふかから離れた。
キャン!
ん?何かやけに高い鳴き声が……下から?
下を見ると、サッカーボールより小さいサイズの丸い毛玉が俺の足にくっついていた。
うわ、なんだこれ!
びっくりしている間に、毛玉の数はどんどん増えて、俺のまわりをキャンキャン言いながら回り始める。
うわああ!どこから湧いてきたんだ。
ご主人!
助けを求めてご主人を見ると、毛玉のうちのひとつを掴んで眺めていた。
「幼体がこんなに。全部連れてきたのかよ……」
よ、幼体……?
おそるおそる毛玉のひとつを持ち上げると、耳と顔と尻尾がついていた。ちっちゃい足もあるな。何やら嬉しそうな顔で舌を出してへっへっへっと息をしてる。
完全にポメラニアンじゃんこれ。
『真獣』の仔犬ってポメラニアンなの?余裕で101匹くらいいそう……。
いや、夢の中の仔犬はこんな毛玉じゃなかったはず。仔犬じゃなくて、その前段階の『幼体』だろうか。
「あー……なんかアウルに会わせたくて連れてきたってよ。みんなお前に会うのを楽しみにしてたらしい」
そうだったのか。
俺にこんなにたくさんの兄弟が……俺じゃなくて俺の中にいる仔犬の、だけど。
犬の姿じゃなくてごめんな。
まあ、そんなことを一切気にしてない元気でふわふわなポメ軍団にもみくちゃにされています。
うん、これも幸せかもしれない。
いい夜だな。
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