21話 朝の市場





 朝の市場は賑やかで活気にあふれている。


 飛び交う掛け声、すれ違う色とりどりの野菜を運ぶ荷車、頭の上にたくさんの荷物を乗せて歩く人、スパイスの匂い、硬貨の音。


 何もかもが新鮮で、俺ははぐれないようご主人の腰帯にしがみつきながら四方八方を眺めるのに忙しかった。


 ああ目が足りない。





 俺たちは朝一番に宿を出て、冒険者組合支部が開く時間まで市場をぶらつくことになった。


 リーダーとダインは先に出て、捕まった雇い人に話を聞きに行っている。


 その人の罪状は軽い窃盗だったため一週間の社会奉仕(という名の工場勤務・無給)をやっているらしく、衛兵に取り次いでもらって勤務前の時間に話を聞くようだった。


 一介の冒険者が捕まってる人に取り次いでもらえるものだろうか、と思ったが、「奥の手を使う時だね」とリーダーが言っていたので方法はあるんだろう。


 むちゃくちゃに眠そうなダインを引っ張って出て行った。


 二人とは支部で落ち合う予定だ。



 俺は朝ごはんに屋台で鳥のスープと肉饅のようなものを買ってもらい、壁沿いに置いてあるベンチに座って食べた。


 中華料理のような見た目をしているのに味は未知だった。もちもちでうまい。


 ご主人は串焼き肉を2本両手に持ってかぶりついている。すごく肉汁が溢れててですごく服が汚れそうなのに、肉汁は一切飛んでない。

 無駄に高度なことをしているな。



「……ごはん買ってもらえてよかったですね」

「ほんとにな……すっからかんなの忘れてたわ……」


 昨日ご主人がひとりでこなしたという依頼はパーティーで受けたものなので、お金は一旦リーダーに渡り、その後分配される。


 つまり現金がない。


 ご主人は支部に不信感を持っているので、支部でお金を下ろしたくないらしい。見かねたノーヴェが俺たちに朝ごはんを奢ってくれた。


 そう、冒険者組合では銀行のようにお金を預けたり引き出したりする口座を開設できるのだ。


 どこの組合でも引き出せるらしいが、所属する組合以外を使うとお金がかかるらしい。例えば、冒険者が商工組合などでお金を下ろそうとすると手数料が発生する。それも国によってまた変わってくるようだった。


 組合っていろいろあるんだな。


 俺を買って手許不如意なご主人だが、頑として支部でお金を下さないと言い張った。


 それだけのものが支部にあるんだろうか。ご主人は勘がいいからなあ。


 行くのが逆に楽しみになってきた。



「やっぱり、みんなピリピリしてるねえ」


 デカいバゲットサンドみたいなものを抱えたノーヴェが、俺たちの隣に座る。


 ピリピリ。ちょっとしてるかも。

 なんでかな。



「どういうことだ?」

「あんなのでもカトレ商会の存在は大きかったからね。あそこから仕入れてた小さい商会や店舗、工房なんかは今後誰から仕入れるか考えなくちゃいけない。カトレ商会の後釜を狙う商会もたくさんあるだろうし。契約していた職人や冒険者も新しい依頼主を探さないといけない。今この街は混乱の最中にあるんだよ……もぐ……この市場がその象徴で…………むぐ、これ美味い」


 そうか、俺が地獄を抜け出そうともがいた影響が、この街の人々にまで及んでいるのか。凄惨な屋敷内のことばかりに気を取られて、想像すらしていなかった。


 地域に根ざしていた商会を潰す。それが何を意味するのか、ようやく実感できた気がした。


 俺のせい、とは思わない。遅かれ早かれ潰れていた商会だ。


 だけど、この街がこれから良い方向に進んでほしいと思う。



「どうした?暗い顔して。あ、これひとくちあげるよ、はい」

「俺にもくれ」

「はいはい」


 心配したノーヴェがバゲットっぽいものを千切って分けてくれる。かすかにニンニクのような香りがして、酸味のある葉物野菜と刻んだ肉が挟んであり、未知のスパイスが効いてる。おいしい!



「うめえ!」

「おいしいだろ。……心配しなくてもこの街はすぐ元通りになるよ。南の二ヶ国に繋がる交易の玄関口だからね。みんな変化に慣れてる」


 カラカラと笑うノーヴェを見て、ちょっと安心した。


 その後市場を見て回ろうとしたのだが、人が多くてあまり落ち着いて見られなかった。

 それでも、最初に抱えられて通り過ぎた時よりは、しっかり見ることが出来たと思う。


 交易の玄関口というだけあって、いろんな服装や肌の色、髪の色が目に入る。


 服装に男女の差が少ないのが面白い。見かけだけでは性別不明の人もいる。


 うすうす思っていた。


 この世界、性別の違いがあまり重視されてないんじゃないかって。確かめたわけじゃないから憶測だけど。


 それと気になったのが、年を取った人がぜんぜんいないってことだ。


 みんな若い見た目をしている。どれだけ上でも、地球で言うと40代くらいの見た目なのだ。


 何か理由があるのかな。そういう世界なんだろうか。でも屋敷にはいたよな。

 ううん、これもあとでご主人に聞いてみよう。


 やっぱり外を歩くのは楽しい。

 体力も回復したから長く歩いても平気だった。


 みんなと合流してから冒険者組合支部の建物に向かう。市場とは違って人通りは落ち着いている。


 すれ違う人たちも、冒険者っぽい装備をしていたり武器を背負ったりするようになっていった。


 どんなところなのかな。

 高まってきましたよ。



「ほらアウル、あれが冒険者組合だ」


 ノーヴェが指差す方向に建物が見えた。

 

 ようやくのお出ましだ。




 …………でっけぇ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る