19話 晩ご飯・再び
どれくらい待っただろう。
「アウル、終わった……」
ずいぶん長く経ったような気がしてきた頃、遠慮がちに風呂場の扉を開いたのはご主人だった。
震えなくなった足で歩いてご主人のところに行くと、ご主人は俺をぎゅっとした。
そんなに悲しそうな顔をしなくていいのに。お気に入りの骨をなくした犬みたいな顔だ。
「……俺のせいだ。ごめんな」
「?」
「支部で会ったときに適当に対応したから……俺なら押せばいけると思われて宿まで尾けてきたんだろ……しっかり断ればよかったんだ」
「ご主人……」
押しに弱い自覚あったんだ。
確かにぐいぐい押されたらいいよって言っちゃいそうだもんなご主人。特に女性に強く出るのが苦手そう。
「でも、おかげでアイツいなくなりました」
「そう、だな。お前を傷つける奴はもういない」
「ご主人のおかげです」
「俺は、衛兵呼んだだけだよ」
結果から考えたら、『粉』を追ってるご主人に買われたからこそ、あの女を退治できたんだ。他の誰に買われても、あの女の影に怯えたままの生活だっただろう。
これは褒めてあげないと。
ご主人がしんなりしたままだと、やりにくい。
「衛兵を呼んだご主人はすごい」
「…………うん」
「えらいです」
「うん」
よしよし、俺の底辺な語彙でもちょっと元気になったな。犬も褒めたら元気になるもんな。
ひと段落ついたところで、ご主人のお腹がキュ〜と切ない主張を始めた。
「そういや晩飯食い損ねたな、行こうか」
「はい」
俺はご主人に手を引かれ、風呂場から出て日常に戻っていた。
…………
「チッ、冷めちまった」
「オレは温め直して食べるよ」
「俺にもやって」
「アキはこの状況でもご飯を優先していたね」
「当たり前だ。飯より優先させることなんてあるのか」
さっきまでのことが無かったかのように、わいわいがやがやと賑やかな晩餐が始まる。
俺はスープ。昨日とは違ってクリームシチューっぽい白いスープだ。肉もちょっと入ってる。鶏肉かな。美味しい。
この騒動の間、アキは全部無視してご飯をゆっくり味わっていたらしい。
なんでも、アキは『一番に食べる権利』と引き換えにこのパーティーで料理を作ってくれているという。それゆえに許される所業である。
んーパンも美味い。これも買ってきたのかな。この部屋にパン焼けるような設備は見当たらない。
はやく肉が食べられるようになりたい。
食事がひと段落して食器の片付けを手伝ったり、アキが明日のご飯の仕込みをするのを眺めたりする。
「アウル、ちょっと来て」
ノーヴェに手招きされて、談笑していたご主人たちのところに行く。
なんだろう、お仕事ですか。
「ちょっと洗濯のやり方、見せてくれる?ああ、文句があるわけじゃないよ。どんな魔法の使い方するのか興味があるだけだから」
これでやってみて、と布切れを渡される。
ノーヴェは魔法が上手みたいだから何か教えてもらえるかもしれない。
俺はうなずいて風呂場から手桶を持ってきた。
その上で昼間やってたように水球を浮かせて中で布切れをグルグルさせ、『浄化』&水抜きでポン。使った水は手桶へ。
完璧でしょう。
俺はみんなの前にピカピカの布を掲げた。
「な…………」
「だから言っただろ、アウルは制御がうまいから大丈夫だって」
「上手いとかそういう話じゃねェぞ」
「えらいねアウル」
驚いた顔で口をパクパクさせるノーヴェ、得意げなご主人、呆れた顔のダイン、ニコニコして俺の頭をよしよしするリーダー。
なんだこれ。
「あのねぇ……まず普通は浄化しかしないし、水洗いするにしても水を浮かせた上に中で対流を作ってグルグルしたりしないんだよ!さらにそこに浄化を重ねて、しかも水だけ綺麗に分離!しない!そこまでしない!」
ノーヴェがめっちゃ早口になってる。俺は何かやらかしてしまったらしい。
屋敷で同じこと毎日してたけど誰も何も言わなかった。
やっぱりあの屋敷だけ世界違うんじゃないかな。
「それに、飲料水出す魔法使っただろ?普通はこう」
ノーヴェはコップを置き、指先からチョロチョロ…と水を出す。
コップに水が満ちる。
「わかった?」
何もわからんが?
「何もわかってねェぞコイツ」
「あーーーー!要はいちいち浮かせたりしないってことだよ!」
「叫ぶなよノーヴェ、いいだろ制御上手いんだから。制御にかけては天才と言われていた俺といい勝負……」
「魔力量が極貧の人は黙ってて」
制御、とやらが問題なのか。
水を出す、水を浮かせ続ける、水の中に対流を作る、同時に『浄化』をかける、水だけ洗濯物からきれいに分離する……。
制御に関わる工程を指折り数えて理解した。
うん、ちょっと多い気がするね。
ぜんぶ感覚でやってたから知らん!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます