18話(別視点)三文芝居・幕引き





聞きたいことは聞けたのでそろそろ衛兵に引き渡す頃合いか、と思われたが、ダインはそのまま親しげに話し込み始める。


 もう裏は取れたのにまだ続ける気か。

 他の二人は訝しげにそれを見守る。ものぐさなダインが、ここまで熱を入れて演技する理由がわからない。


 女の思考を『視て』思うところでもあったのか。



「オメェの出身だろォ。あそこは自由でいいよなァ、金さえありゃ何でもできっからよォ」

「そうね、それに比べてこの国は窮屈だよ」

「そォそォ、奴隷も我が物顔でのさばってやがるしよォ」

「本当ね、奴隷なんて価値ないのに」


 ダインは演技とは思えないような歪んだ笑みを浮かべる。


 緊張した面持ちだった女はダインを同郷か何かだと思い込んだらしく、楽しげに話すようになっていた。



「アイツら抵抗しねェからいい練習台になるだろ」

「ふふ、わかってるじゃない。回復かけたら何回も使えるからオススメだよ」

「ほォ、魔法の贅沢な使い方だなァ」

「それにあの絶望した顔ときたら。心が折れた時の表情がたまらないのよ」


 盛り上がる二人。


 聴くに堪えず、シュザは表情を動かさないまま目を閉じる。


 ダインの言う『練習台』は治癒魔法の練習になるという意味だが、女のほうは違う。


 ようやくダインの意図が読めた。


 ここからは、おそらくアウルのための行動だ。


 ダインが芝居を打ったのは、風呂場から出てきてすぐだった。アウルの思考か記憶に何かを見てしまったのだ。


 ノーヴェを見ると、にこやかな表情の中に青筋が浮かんでいる。


 このひどい劇をはやく終わらせてほしい。



「……それで、依頼受けてくれるの?」

「そォだなァ、ハルクの意見もきこうぜェ。……お、ちょうど帰ってきた」


 女の肩に腕をかけたまま、ダインが扉を開けると確かにハルクが立っている。


 それが終幕の合図だった。



「帰ったかァハルク。コイツが俺らと組みたいってよ。どうする?」

「……それは難しいだろうな」


 ハルクの後ろからぞろぞろと現れた衛兵に女は顔色を変えて後ずさる。が、ダインががっちり首をホールドしているため、逃げられない。



「何暴れてやがる。何か疚しいことでもあンのかァ?あァ、ぺらぺら話してくれたもんなァいろいろと」

「騙したな!このっ!離せ!!」

「ウソはついてねェ」

「元々バカっぽいしゃべり方だから全く違和感ないね」


 暴れる女は衛兵によって床に押さえつけられた。宿が一時騒然とする。



「……離せよ!お前ら…!殺してやる!」

「殺すだァ?オメェ、ンなこたァしねえだろォ。いたぶるのが大好きだもんなァ?」

「!」

「……誰が一番に骨が折れるか賭けるのは楽しかったか?どこを蹴れば動かなくなるか試すのは楽しかったか?死ぬギリギリで回復魔法をかける遊びはスリルがあるよなァ?ああ、一番は毒虫を無理やり食わせたときのやつか。庭に埋めた死体はそろそろ見つかってる頃合いか?」

「な、な何で知って」

「オメェも同じ苦しみを味わってから死んで欲しいが、残念だ」


 ダインは床に押さえつけられた女にゆっくりと歩み寄り、しゃがんで顔を覗き込んだ。



「同盟の条約違反だ。苦しむ間もなくすぐ死ねるぜ」

「!」

「は、絶望って顔してやがる。『心が折れた時の表情がたまらない』だったかァ?……たいして楽しくねェな」


 こうして三文芝居は幕を閉じ、衛兵によって呆然とする女は連行されていった。そのまま王都に送られて商会の者たちと共に沙汰を待つことになるだろう。


 皆は一息ついた。夕食前にとんだ邪魔が入ったものだ。



「あー鬱陶しいなこの匂い。アウルが嫌がるから何とかしてくれノーヴェ」

「ダインごと浄化するかな。風送った程度じゃ消えないよこれ」

「ダインも悪人になっちゃったからね。浄化すれば良い人に戻るだろうか」

「無理だよ。元からこれだし」

「……お前、何やったんだ」

「ちょっとなァ。それよりハルク。はやく行ってやれよ」

「……ああ」


 急いで風呂場に向かうハルクを見送り、ダインはカウチに身体を投げ出した。ノーヴェがそのまま浄化をかけていく。


 ダインは慣れないことをして、慣れない言葉を発して疲弊している。『権能』も酷使した。



「ダインずいぶんと張り切ってたけど…………アウルは大丈夫なのか?」

「……今は問題ねェはずだ」

「何を『視た』のか聞いてもいいかい」

「……『視た』より『流れ込んできた』が正しい。底無しの、途方もねェ恐怖。その後それを遮断しやがった。だから具体的なことは知らねェ。見られたくなかったんだろォよ」

「女に言ってた胸糞悪いアレは女のほうの思考を読んだわけか……」

「……俺ァ今まで最高から最低までいろんなモンを『視て』きたつもりだったんだがなァ。あんなのは無かったぜ。子供が持っていい感情じゃねェ」

「君にばかり背負わせてしまうね」

「気にすんな。俺だけで十分だ」


 シュザとノーヴェは掛ける言葉が見つからなかった。


 しばらくカウチに寄りかかってだらけていたが、急に起き上がったダインがパン、と手を打った。



「あの女は捕まった。俺らは情報を得た。これでめでたしめでたしだろォ。それよりメシだメシ!」

「そういえば食べそびれちゃったな」


 ふっと空気が変わる。


 こうして突然の嵐は去り、パーティーは日常に戻ろうと各自動き始めた。



 ちなみに、アキは初めから騒動には一切関わらず、ひとり黙々と食事を堪能していたのだった。




***

次回から主人公視点。




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