13話 俺のターン
部屋を見渡すと、ベッドに衣類が脱いだまま放ってあるのが目に止まる。
ほほう。
洗濯しちゃっていいでしょうか。しちゃうからな。
俺の眼前にニンジンをぶら下げるかのごとく仕事を置いておくのが悪いと思う。
ここから奴隷の本領発揮のお時間だ。
風呂場で、集めたシーツと枕カバーを魔法で出した水球の中で揉み洗いする。デカい水の玉の中でぐるぐる回るリネン類たち。気持ちよさそうだね。
洗剤の代わりに『浄化』で綺麗にして、操作していた水を引っこ抜くイメージで洗濯物から分離する。こうすると皺なくパリッと仕上がってくれるのだ。抜いた水は風呂場の排水孔へ流す。
この世界では面倒くさがりな人々は洗濯を『浄化』だけで済ませてしまう。でも水で洗ったほうが何かいいんだよ、気分が。
リネン類をちょっとだけ日光に当てるためベランダに出る……あっ、部屋から出ちゃだめなんだった。ベランダは部屋の範疇です。問題はない。
服もおんなじように……ではなく個人ごとに個別に洗う。色落ちしそうなものは『浄化』だけ。
洗上がった衣類の畳み方が分からない。整えたそれぞれのベッドにピシッと並べておく。
ハァ────!!
いい仕事した俺は高揚感に包まれる。ワーカーズハイをキメたら『粉』なんて要らないんだよ。
やっぱ奴隷はこうじゃないとな。
そのまま勢いに乗って掃除を始める。
掃除といっても雑巾や箒は使わない。便利魔法『浄化』にお任せ。魔力さえあれば簡単だ。
宿を勝手に掃除したら怒られるかな。汚して怒られることはあっても掃除して怒られることは無いんじゃないか、と思う。
掃除しちゃうぞ。しちゃうからな。
モップをかけるイメージで『浄化』の魔力を床に這わせていく。
『浄化』は汚れや雑菌を魔素?のような何かに分解してくれる都合の良い魔法だが、気を抜くと塗装までちょっと剥がしてしまうのだ。けっこう集中力がいる。
床の板目の隙間までピカピカに『浄化』。風呂とトイレの排水口も奥まで『浄化』。
調理場とアキの荷物以外をピカピカにしていく。発酵食品の酵母まで綺麗にしてはいけないのでそこは避ける。
実のところ、『浄化』は俺が勝手に命名した魔法だ。効果をちゃんと検証してないからいろいろ気をつけないといけない。
ノリにノッた俺は壁面や天井の梁の隅々までピカピカにして掃除を終える。
やり終えた達成感を噛み締めながら部屋を見渡した。
うん、とてもキラキラになった。
壁面なんか明らかに一段階明るくなったし、心なしか空気も綺麗になった。
完璧なお仕事だ。
…………やりすぎたかもしれん。
いつ暴行されるか分からず身構えながらやる仕事との効率の差がすごくて、つい。
こんなに平和に過ごせるのは奇跡みたいだ。
午後からは自重して、用意されていた昼飯を食べたりご主人が置いていった読み物を眺めたりして過ごすことにした。
昼飯は薄いパンにいろんなものを挟んでいるピタパンのサンドイッチっぽいもの。美味しいな。
薄いハムっぽいものが入っていてテンションが上がるも、苦い何かが入っていてテンションが急降下した。
この身体、子供舌だからか苦いものがダメみたいだ。俺自身は苦いものも大好きだったというのに!
魔法で出した水を飲んで『浄化』で手や皿を綺麗にしてから、テーブルの上にある本を手に取った。
俺の記憶にある本とは少し製本の方法が違うかもしれない。
紙は多分、植物紙?
読めない文字が書かれた表紙を捲ると、カラフルな生き物の絵が目に飛び込んできた。
ご主人、動物図鑑を置いてってくれたんだな。これなら楽しめそう。
地球の動物にどことなく似ているが、少しずつ違う。例えば虎っぽい模様なのにライオンのような
ページを捲るたびに大型の生き物になっていく。
そして気付く。
これ動物図鑑じゃなくて魔物図鑑だ。どの生き物も何か禍々しいオーラみたいなエフェクトが描かれている。それぞれ横に石らしきものの大きさや素材、解体方法とおぼしき絵が描き添えてある。
この世界には動物とは別の『魔物』と呼ばれる生き物がいて、魔物は心臓部に晶石というトゲトゲの石がある。その晶石は、さまざまな便利道具の動力源になっているのだ。
屋敷にいたときに、ランプにこの晶石を砕いたものを使っていたので存在を知っていた。こんないろんな魔物から取られていたとは。
俺はかなり夢中になって図鑑を眺めた。
冒険者のパーティーと行動を共にするんだから、きっとこういう知識は必要になるな。
ご主人の絶妙なチョイスに感謝だ。ポンコツだと思ってたけど、認識を改めよう。
だがしかし字が読めないのがもどかしい。
習えないか聞いてみようかな。
にわかに廊下が騒がしくなる。
気づけば、かなり日が傾いていた。
みんなが帰ってきたみたいだ。
お出迎えしなくては。
「帰ったよー。いい子にしてたか……えっ何これ!どこ!?」
「あァ?……部屋まちがえたかァ?」
合ってますよ。
入ってきた二人はまた部屋を出て扉を閉めてしまった。
やっぱり、掃除やりすぎだったか。
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