10話(別視点)青天の霹靂




「眠らせといたぜェ。明日の朝まで起きねェ」

「ありがとうダイン」

「じゃ、明日から……いや今からどう動くか考えっかな」

「ようやく前に進めるよ」


 行き詰まっていたとある黒色パーティーは、吉報を携えてきた小さな少年の登場で転機を迎えることになった。




 一日どこかに行っていたハルクが奴隷を買って帰ってきた。

 この男がすることはいつも突拍子がなく周りを困惑させる。


 その奴隷は子供で、欲してやまない情報を持っていた。

 この男はいつも突飛なことをするが、不思議なことにいつも『当たり』を引いて道を切り開くのだ。


 パーティーメンバーは初めは驚いていたが慣れたもので、すぐに順応して不機嫌な顔の子供とハルクが風呂に入っている間に様々な準備を整えた。



「おい待て、何そんなデカい肉を取り出してやがるアキ」

「肉をたくさん食べた方がはやく元気になるのでは」

「バカめ、ろくなもん食ってなさそうな弱った胃に肉はきついだろォが。粥にしとけェ」

「粥は美味くない」

「美味いかどうかじゃねェ……相手は病人だと思え。鳥ひき肉の団子とか、すりおろした野菜とかにしろ」


 さっそく治癒師と料理人のあいだで問題が起こる。

 治癒師のダインは普段はものぐさでカウチやベッドから動かないのに今回は何故か張り切ってアキの横で指導していた。


 しまいには収納鞄から薬草を取り出す始末である。



「オレ奴隷って苦手なんだけどどうしたらいいのかなシュザ」

「どうして苦手なんだい?」

「……どう接したらいいのかわからないんだ」

「そう身構えなくていい。少なくともハルクには懐いているようだから、ノーヴェが無理する必要はないんだ」


 子供、という存在に皆少なからず困惑し、少々浮ついてもいた。


 この国において子供は宝とされ、大事にされる。出生率の低さから自然とそうなったのだが、だからこそ多くの人は子供にあまり慣れていなかった。


 その上、子供の『奴隷』である。

 ノーヴェのようにどう接したらいいのか困惑するのは普通のことと言えた。



「シュザは妹がいたよな、ダインは教院出身だし……子供に慣れた人に任せるよ」

「俺ァ慣れてねェ」

「子供に好かれるよねダインって」

「慣れてねェからなァ」

「はいはい」


 情報がもたらされたことに対する期待と、子供がいるという状況にそわそわする中、風呂場からは時折楽しそうな声が漏れ聞こえる。


 皆そのことに少なからず安心したのだった。



…………




「……それで。みんなはどう思った?」

「どうって何が?」


 アウルが寝かしつけられたあと、メンバーは今後の相談を始めた。


 疲れた顔でカウチを占領するダイン、夕食の仕込みを始めるアキ、武器の手入れをするハルクなど、バラバラではあるがちゃんとリーダーの言葉に耳を傾けていた。



「あの子のことだよ。信用できるかい?」

「おいリーダー!」

「落ち着けよハルク。お前の奴隷ではあっても実質このパーティーの新メンバーってことでしょ。はっきりさせておいたほうがいいよ」


 リーダーのシュザと同じテーブルに着いているノーヴェがハルクを宥めた。


 青天の霹靂の如く現れた少年のもつ情報に助かったのは事実だが、タイミングがあまりに良すぎたとも言える。



「そもそも奴隷を買った経緯がわからないんだけど。押し売りにでもあったのか?」

「…………」

「嘘だろ、ほんとに押し売られたの!?」


 沈黙は肯定。ハルクは嘘をつくのが苦手だった。手入れしていた短剣を鞘に納めた。



「勘だ」

「?」

「いつもの勘」

「……」

「酒場で聞き込みをしていたが、気づけば大通りの隅で寝ていた。太陽の眩しさから逃れるために裏通りに入ったら奴隷商の看板が目に止まった。どうしても、そこに行かなければならない気がした。呼び込みしていた店子に無理やり引っ張られて店に入ったら、そこにあいつが──アウルがいた」


 皆は黙り込んでしまった。

 納得したのではない、「やっぱり理解できねえな」という沈黙である。



「まあ勘なら仕方ないか」

「俺の話はいいだろ。おまえらはどう思ったんだよ」

「俺は大丈夫だと思う」

「アキ?」

「さっきの食事、匙の握り方が綺麗だった。がつがつ食うこともしない。主人のハルクではなく俺の顔を確認してから食べ始めた。それに美味そうに食っていた」

「……アキの基準は食事だから」

「食は多くを語る」


 当の本人はアキのことを心の中で「猫科の人」と呼んでいたが。



「……オレも大丈夫、かな」

「どう接したらいいかわからない、と言っていたわりに構っていたようだね」

「だって……風呂でハルクと楽しそうだったし、思ったより大丈夫だったんだよ」

「楽しかったぜ!」

「うるさいよ!」


 ノーヴェはバツが悪そうに顔を明後日の方向へ向けた。



「そういうリーダーはどうなんだ」

「僕はハルクを信用しているよ。だからハルクが連れてきたダインのこともアウルのことも信用している」

「じゃあ問題ないよね」

「そうでもない」


 シュザはここまで言葉を発していないダインのほう見た。カウチに寄りかかって疲れた顔をしている。



「視たんだろうダイン、どうだった?」

「……とんでもねェ奴を連れてきやがって」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る