8話 ここまでずっとお世話されるターン
風呂から上がると白い人が近づいてきて、魔法で温風を出して俺たちの髪を乾かしてくれた。お母さんかな。
白い人白い人って呼ぶのも何なので、ちょこっと観察してみる。
薄い金髪で薄い水色の目をしていた。色素が薄い。服も白っぽいのでますます白い人だ。
結論、白い人は白い人だった。
名前はノーヴェという。ご主人の言っていた魔法が得意な人かな。
気を抜くとお母さんって呼んでしまいそう。ちゃんと名前で覚えよう。
「ううん、ここだけどうしても跳ねる」
そのノーヴェは何やら俺の頭上で唸っている。ボサボサだった俺の髪はきちんと洗うとちゃんとツヤが出た。
一箇所だけどうしてもピヨンとするらしく、かなり頑張っていたがとうとう戦いに敗れて諦めてた。
ん?しまった!
またお世話されてるぞ俺。
奴隷の矜持はどこにいった。
ちゃんと仕事できるとこを見せないといつまでも赤ちゃんのように世話されてしまう。だがしかし今は体調を整えないと……うぬぬ。
「こっち来な」
盾の人が続き部屋の入り口で手招きした。
部屋に入るとベッドに横になるように言われ、その通りにしてベッドの柔らかさにびっくりして起き上がった。
スプリングじゃないのに、なぜか弾力がある!
文明だ!文明のにおい!
「寝ろっつてンだろォ」
すとんと押し戻される。
そのまま頭のてっぺんからつま先まで手をかざしていく。何かが通り抜けるような感覚があった。これ、治癒じゃなくてCTスキャンのようなやつ?
魔法すごい。
「……見た目は治ってるが、打撲が治ってねェ。それと内臓がかなり傷んでやがる。しばらく油物は食えねェな」
「そんなにひどいのか」
「ま、治せるけどなァ」
いつのまにか盾の人の横にいたご主人が心配そうに俺を見ている。
うぬぬ、やはり盾の人が治癒の人か。
もさもさのツヤのないベージュ色した髪に深い緑色の眠そうな目。わりとしっかり筋肉がついてるご主人よりもこの男のほうが筋肉量が多そうだ。
治癒は、治癒の人はやさしいお姉さんとかやさしいおばあちゃんとか、そういうかんじの人がやるものだとばかり思っていたが。世の中そう甘くないんだ。
しかし腕は確かなようで、盾の人が手のひらを光らせながら触れると、痛んでいた場所や疼いていた場所がなくなって身体の重さが消えた。
魔法ってすごい。
俺も見様見真似で微量の回復魔法のようなものをかけてたけど、根本的に違うのがわかる。
知識かな。俺も魔法を勉強したらもっと役に立てるかもしれない。魔力量多いらしいし。
「終わったぜェ」
「ありがとうな」
「んァー」
最後に盾の人は俺の頭をくしゃくしゃとしてから去っていった。
ご主人が言ってくれたけど、俺も心の中でありがとう盾の人、と言っておく。
こういう時しゃべれないのは不便だ。
ご主人がパン!と手を叩く。
「よし!じゃあ遅くなったが飯を食わせてもらおう」
やった!ごはん!
ベッドからぴょんと降りて元の部屋に戻ると、テーブルに湯気の上がる木鉢が置かれていた。
ごはん!
ご主人が席につくのを待ってから俺も座る。奴隷なのでね。本当は同じ食卓につくのもどうかと思うが、ここには気にする人も指摘する人もいなさそうだからな。
ご主人のほうは肉を焼いたやつ山盛りとスープとパンだったが、俺のほうはスープのみだ。麦粥かな。胃腸が弱っているようなので助かる。
料理を作ってくれた猫科の人を見ると頷いてくれた。ご主人も頷いて料理に手をつけ始めたので、俺も木のスプーンで掬ってくちに入れる。
…………うまい!
それ以外何も言えねえ。
それすら言えないが。
スープには小さい肉団子のようなものが浮いており、おそらく鶏ガラで出汁をとったと思われる濁った汁。とろりとしてるのは麦と、もしかしたら根菜がすり下ろしてあるのかもしれない。他にも薬草とか入ってる気がする。
完全に薬膳です。
ここまで至れり尽せりされたら立つ瀬がないんだけど。でもそんなのどうでもいいくらいに美味しい。
これで残った懸念、『この世界のごはんは美味しいのか』問題も無事にクリアということで。食事はあらゆる活動の根源だからとてもすごく重要。
でも少し残念だ。
たぶんこのスープ、もっと美味しいはず。この身体の味覚が育ってないせいで知覚できない旨味があると思う。
日本人の味覚は小さい頃からあらゆる素材の旨味を味わうことで育てられたものだ。奴隷生活してた子供の舌とはちがう。
俺の記憶は味を覚えてはいるけど、やっぱりこの身体の感覚に引っ張られてるからか、細かいニュアンスを味わい尽せない。
育てねば。
そして、いつか俺が消えてこの身体の持ち主の少年の心が生き返るかもしれない。その時にはいろんな美味しいものの味を楽しめるようにしておいてやりたい。
……何食べてもおいしいのは今だけということでもある。
ありがたくいただきます。
ありがとう世界。
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