#33 二日酔い



 帰省して五日目の火曜日。


 この日も俺のが先に目が覚め、ベッドから起き出す。


 寝起きで頭はぼーっとしていたが、『あ、そういえばミキは大丈夫だろうか?』と直ぐに思い出し、床に敷いた来客用の布団で寝ているミキの様子を確認する。


 掛けていたタオルケットは跳ねのけ、Tシャツは捲れてヘソが見えてて髪は乱れて寝相は悪いが、ちゃんと息はしている。


 ベッドから降りてミキの枕元に近寄り、乱れた髪を整えて顔色を確認しようとしたが、めっちゃ酒臭い。


 昨夜ミキはBBQで酔い潰れた後、自分で起きることが出来ずに俺が背負って2階まで運んで寝かせた。

 シャワーも浴びて無いし、喉も乾いているだろう。


 一度1階に降りてキッチンの冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、再び自室に戻り、ミキを起こした。


 目を覚まして体をなんとか起こしたが、昨日までお約束だった『おはようのキス』は無く、体調が悪そうで表情も見たこと無い程、不機嫌そうだ。



「大丈夫? 冷たい水もってきたから、飲んで」


「・・・」



 キャップを外してからペットボトルを渡すと、受け取りながら口を動かして何か喋ろうとしているが、声が出せない様子。


 一口飲むと、ペットボトルを俺に返して「あだま、いだい…」と漸く声を出した。


 手櫛で頭の寝ぐせを直してあげながら「完全に二日酔いだね。もう少し寝とく?」と聞くと「ごめん、そうする」と答え再び横になった。


 お酒臭いからシャワー浴びさせてあげたいけど、しばらくは無理そうだ。



「水は小まめに飲んでね。トイレは寝る前に行かなくて大丈夫?」


「いきたい…」


「おっけ。肩貸すから行こうか」



 幸いウチの家は1階と2階のそれぞれにトイレがあるので、体調不良のミキを抱きかかえる様にして2階のトイレに連れて行く。


 便座に座らせて「自分で出来る?」と聞くと「だいじょうぶ…」と言い、座ったままパンツを脱ごうとするので慌ててトイレから出て扉をしめたが、すぐに中から「ヒロくん…たすけて…」と聞こえて来たので再び扉を開けると、半ケツ出して便器に抱き着く様に床にへたり込んでいた。


「吐きそう?」


「ちがう…立てない…」


「もう一回便座に座らせるよ?」と確認すると無言で頷いたので、コチラを向かせて両脇に手を差し込んで抱きかかえて立ち上がり、便座に座らせる。


「パンツ脱がせるよ」と確認すると、また無言で頷いたので、脱ぎ掛けの下着を引っ張る様にして脚から抜き取る。


 ミキの下着を手に持ったまま「終わったら声かけて」と言って再びトイレから出ようとすると、「まって…ココ居て」と泣きそうな顔して言うので、諦めてトイレ内に留まった。


 ミキに背を向けてしばらくすると、小水の音が聞こえ始めるが、音がいつまで経っても鳴り止まない。

 気不味いので思わず「いっぱい出るね。飲みすぎだよ」と話しかけると、「うん…」と元気なく答えた。


 ようやく音が止んだのでウォシュレットのボタンを押して「自分で拭ける?」と聞くと、「無理」と答えるのでトイレットペーパーを取り出し、ウォシュレットの停止ボタンを押してからミキの股の間に右手ごと突っ込んで、ペタペタと軽く叩くように拭いてあげる。


 拭いたトイレットペーパーを離し、股から手を抜いてから「脚上げて」と下着を履かせてあげる。

 座ったままなので四苦八苦しながらなんとか下着を履かせて、トイレの水を流したところで『あ、おしっこの最中、水流して音聞こえない様にするべきだった』と今更気付いたけど、手遅れなのでその事は言わないでおいた。


 今度は背中におんぶして自室まで戻り、水分補給させてからベッドの方に寝かせる。


「じゃあ下でメシ食べてくるからゆっくり休んでて」と言い聞かせると、「ヒロくん、ごめんね」と泣きそうな顔で力なく言うので、「へーきへーき。男同士で飲むとこんなことしょっちゅうだから、気にしないで」と答えて、頭を優しく撫でた。

 寝起きの時の表情に比べ、少しはマシになった様に見える。



 一階に一人で降りると、既に父さんは食事を終えてたが、ヒトミとマユミと母さんが食事中だったので、「ミキは食べれそうにない」と報告しながら座って食事を始める。


 食べながらミキの体調を聞かれたので「二日酔いでグロッキー。でも水飲ませてトイレに行かせたら多少は良くなったように見えた」と答える。


「今日、ちゃんと帰れるの? 明日にした方がいいんじゃない?」


「うーん、そうしてあげたいけど、明日からバイトなんだよね。金月火と3日休ませて貰ってるし、お盆中は忙しいから、急に休むのは不味いんだよ」


「でも、体調悪いままじゃバイト行けないじゃん」


「初めての二日酔いで相当しんどそうにしてるけど、ただの二日酔いなら今日中には体調戻ると思うよ。 バイトは明日の夕方からだから、最悪は明日朝イチ帰って夕方バイトに行くってのも手だけど、でもそれだと移動で疲れたままでの仕事になるから、出来れば今日のウチに向こうに戻りたいんだよね。 まぁ無理そうなら、俺だけ先に戻ってバイトは二人分頑張るとかかな。流石に二人とも休むわけにはいかないからね」


「もしミキさん遅れて帰るなら、私がミキさんに付き添うよ」


「いや、そこまでする必要無いよ。ミキだって子供じゃないんだし、体調戻れば一人で電車移動くらい出来るでしょ。だいたい昨日だって俺やヒトミが何度も止めたのにミキが調子に乗ってバカみたいに飲んでたのが悪いんだしね」




 朝食を終えて歯を磨いてから2階へ上がると、ヒトミも部屋まで付いて来た。


 ミキの様子を確認すると寝ている様なので、起こさずにそっとしておく。


「起きてると頭ガンガンするし胸がムカムカするしで滅茶苦茶キツイから、しばらく寝かせて置いた方がいい」


「うん。 顔色は思ってたよりも悪くなさそうだね」


「だね。さっきトイレ連れて行った時に比べたら大分良さそう。 でもこの様子だと、今日帰るとしても夕方以降だな」


「やっぱり明日にした方が良くない?」


「ミキが起きたら相談するよ。色々心配かけてスマンね」




 ◇




 お昼過ぎにミキは起きて話せる程度には復活していたので、帰るのをどうするか希望を聞くと、「今日帰る。 これ以上迷惑掛けられない」とのこと。

 恋人の実家で酔っ払って醜態を晒したことが、今更になって耐えがたい程の後悔とか羞恥が湧いているのだろう。ウチの家族に対して平謝りした後、昨日までの元気一杯明朗快活な態度とは打って変わって、この日はずっと借りて来たネコの様に大人しかった。


 シャワーを浴びさせたり、遅い昼食を食べさせたりと、相変わらず甲斐甲斐しく世話をしていたのだが、その俺に対しても口数は少なかった。

 まぁ、体調もまだまだ万全では無いだろうし、自分の失態に凹んでいるのだろうから、俺からは「なるべく気にしないように」と声を掛ける程度に留めていたので、いつもよりも会話は少ないまま家を出る時間となった。



 父さんが駅まで車で送ってくれることになり、荷物を車に運び終えると、母さんが俺とミキの二人分のおにぎりを用意して渡してくれた。中途半端な時間での出発で、長時間電車に乗ってる間にお腹が空きそうなので有難く受け取り、マユミとヒトミにも挨拶をしてから車に乗り込む。


 母さんが「また遊びにおいでね」とミキに声を掛けると、「お世話になりました。ありがとうございます」と返事をしてはいるが、やはりミキらしくない態度だった。




 こうして家族に見送られて実家を出発するのは、去年は一人の生活に戻ることに寂しい気持ちが湧いてきたものだけど、2年目だからなのか、それともミキがすぐ傍に居るからなのか、去年とは違う感覚がある。


 日常の生活に戻る少しの憂鬱と安堵?

 上手く言葉に出来ないけど、実家に『帰って』いたと言うよりも、実家から一人暮らしするアパートに『帰る』と言えばいいのか。もっと大げさに言えば、今の自分にとってA市での学生生活が日常であり、B県での家族や友達の存在が自分の中では非日常になっていることを感じ、そのことへの寂しさは感じるが、でも、漸く日常に戻れるという安堵の気持ちも沸いている、と自己分析していた。




 駅までの車中、ミキは元気無いし、父さんはいつも寡黙なので、静かに俺はそんなことを考えていた。


 駅までは10分ほどで到着し、ロータリーに停車して貰うと荷物を降ろし、車を降りてくれた父さんに「ありがとう」とお礼を言うと、父さんは「うん、元気でな」と一言返事をしてから、ミキに向かって「また来てくださいね。私も家内も会えるのを楽しみにしてるからね」と声をかけた。


「色々とご迷惑掛けまして、すみませんでした…」


「いえいえ、迷惑だなんて思ってませんよ。 でも、あまり無理はしないようにね。 ヒロキ、お前がちゃんと助けてあげるんだよ」


「うん、分かってる。大丈夫だよ」


 ミキは相変わらず元気は無いが、電車の時間もあるので、最後に「送ってくれてありがとうね」ともう一度お礼を言って、ミキの手を引いてその場を離れて改札に向かった。






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