#32 親子、兄妹、家族




 帰省して四日目の月曜日。


 この日の朝は俺のが先に起きたので、ミキを起こさない様に静かに1階に降りて、顔を洗ってから縁側に座って涼みながら、今日予定しているBBQの準備のことをぼーっと考えていた。


 しばらくすると父さんも起きて来たので「おはよ」と挨拶すると、「おはよ」と返事して俺の隣に座り、タバコを咥えて火を点けた。



 仲が悪い訳では無いのだけど、二人きりで会話をする機会は地元に居たころから少なかったので、少しばかり緊張しているのが自分でも分かる。



「ミキさんだけど、いいお嬢さんだね」


「うん」


「・・・」


 父さんは、一言だけミキのことを褒めると、何も喋らなくなった。



 沈黙が続き『え?それだけ!?』と何故か俺の方が焦り感じていると、再び口を開いた。



「ヒトミとも上手くやれてるみたいだね」


 ああ、こっちが本題か。

 父さんとしても俺とヒトミの仲が拗れていたことは気にしてたんだろうな。



「うん。 ヒトミ、あっちに来てから何度もウチに来てくれて、色々助けてくれてるよ」


「そうか。 あの子が志望大学のことで悩んでた頃にな、学校の先生からは関東や関西のもっと上の大学を勧められてて」


「うん」


「でもヒトミは「兄ちゃんが近くに居るから、C大に行く」って自分で決めてな」


「へー」


「だから、ヒトミは素直じゃないところもあるけど、ヒロキのことはずっと慕ってたんだよ」


「うん、最近のヒトミ見てると、そこは俺にも分ったよ。 逆に心配性でお節介ですらあるけど」


「それはヒロキが悪い。 兄貴なのにどっしり構えてないからな」



 父さんなりに、ヒトミのことだけじゃなくて俺のことも心配してたんだろうな。

 息子と娘が同じ家に居るのに会話せずに険悪で重い空気醸し出してるなんて、今考えれば他の家族にしてみたら地獄みたいな空間だしな。


 チラリと父さんの表情を覗うと、ニコニコと柔らかい表情でタバコの煙を鼻から噴き出してた。




 しばらくそのまま二人で静かに縁側で涼んでいると、キッチンに居る母さんから「ヒロキ、ご飯出来たからミキちゃん起こしてらっしゃい」と声を掛けられたので、立ち上がって2階に上がり、まだ寝ていたミキを起こした。

 寝起きのミキに、やはり情熱的なキスで襲われた。





 ◇





 今日は、お出かけデートはせずに、家でゆっくり過ごす予定だ。

 とは言え、折角久しぶりに家族全員揃い、更にはお客さんのミキも居るので、庭でBBQのパーティーをする。


 昼間の日が高い時間は、庭だと暑くて食事どころでは無いので、夕方の日が落ち始めてから開始の予定でいる。

 なので、午前中は近所を散歩したり家でダラダラ過ごして、昼過ぎから準備を始め、夕方5時過ぎてから火を起こす予定。



 朝食を終えて歯磨きと着替えを済ませ、1階のリビングでのんびりしていると、マユミが構って欲しそうにミキに纏わりついていた。 ミキの方でもマユミとは気が合う様で楽しそうにお喋りしている。


 父さんは自室に戻り、母さんは洗濯物などの家事仕事をしており、ヒトミはソファーに座って一人大人しくスマホで何やら夢中になっている様子。


 手持無沙汰の俺は、ヒトミに何か話しかけようかと思ったけど、邪魔するのも悪いかと思い直して、マユミに話しかける。



「マユミ、志望校決めたのか?」


「うん、決めたよ」


「お、ドコ?」


「お兄ちゃんたちと同じ高校だよ」


「そうなの? もう少し上の高校でも良いんじゃない?」


「うーん、そうなるとG市まで通わなくちゃ行けなくなるし、面倒じゃん」


 確か、ヒトミも高校受験の時に同じこと言ってたな。


「まぁ確かにそうだしな。 実際、ヒトミは同じこと言ってウチの高校入ったけど、大学は国立入ったし、マユミなら大丈夫か」


「そうそう!余裕余裕」


 マユミの態度に、ミキが怪訝な表情を見せたので、俺から補足する。


「ヒトミよりもマユミのが成績良いから。こいつ、チャラチャラしてるけど頭だけは良いんだよ」


「うそ…。え、もしかして、この中で私が一番バカじゃない???」


「いや、バカと言うよりも、筋肉バカ?」


「っていうかミキちゃん!私のことバカだと思ってたの?ちょーショックなんですけど!」


「ミキさん、大丈夫ですよ。この中で一番女子力高いのは間違いなくミキさんですから。 女は学力よりも女子力のが大事です」


 ミキがマユミまでも秀才だったことにショックを受けていると、それまで一人の世界に入っていたコナンくんことヒトミが冷静にフォローしてくれた。



「因みにミキさんや。 優秀な妹二人を持つ兄の立場のがもっと微妙だからね? そんな思春期をグレずに過ごした俺の方のが大概だから」


「た、たしかに…、想像するだけでも泣きたくなるね」


 ミキにも弟が居て、俺と同じく兄弟の中では一番上の立場で育ってきているので、俺の辛さが直ぐに分かったのだろう。

 俺を見つめるミキの瞳からは、同情と憐みの色がにじんでいた。





 ◇





 午後になると、父さんと母さんとヒトミがBBQ用の食材の買い出しに出掛け、残った俺とミキとマユミの三人で、家の掃除や庭の草取りに、裏の物置からBBQに必要な道具を出して使える様に洗ったりと、体力仕事をこなした。



 父さんたちが帰宅すると、車から荷物を運び出すのを手伝い、そのまま俺とミキとでキッチンで食材の下ごしらえに取り掛かる。

 肉や野菜だけでなく、魚介類もあるので中々面倒で、俺は黙々と作業をこなしていくのだが、母さんやミキは元気にお喋りばかりしてるので、中々作業が進んでいない。


 まぁ今日のBBQの言い出しっぺは俺だし、俺が働くのは当たり前のことなんだけど。


 でも、久しぶりに帰省した息子なんだし、もう少しこう何と言うか、ミキやヒトミとの扱いに差を感じてしまうのはどうかと思う訳で、しかしコレは、俺の中にある問題の様な気もする訳で、女が多い家族の中で昔から染み付いてしまった卑屈根性は、いい加減直したい物だ。


 そんな今更なことを考えてはジワジワとダメージを感じながら、黙々と作業を続けた。






 夕方になりBBQが始まると、全員が庭に出て来た。


 俺がビール片手に焼き奉行になると、珍しくミキもビールを飲み始めた。

 俺もミキも既に二十歳を過ぎているので飲酒は問題ないのだが、ミキはあまり好きでは無いのか普段ウチに来ても全く飲まないし、バイト先の連中と居酒屋に行った時でも乾杯の一口程度だ。


 因みに、ミキが飲まないので、二人きりの時は俺も飲まない様にしている。

 まぁ俺の場合は、お酒が好きというよりも、折角二十歳になったのだからと『酒が分る大人』ぶってるだけなんだけど。


 兎に角、俺はミキが酔う姿を見たことが無かった。

 でも、ココは自宅だし、酔い過ぎてフラフラになったとしても、家の中で直ぐ休めるし、多少飲みすぎても大丈夫だろう。


 と安易に考えていたが、普段飲まない子が慣れない酒に酔うと、ロクな事にならないことを失念していた。



 案の定、ミキもご多分に漏れず、ロクな事にはならなかった。

 ビールをグラス3杯飲んだ辺りから俺に絡みだして、家族が居る前で抱き着いたりキスしようとしてきたり、大声で「ヒロくん愛してる~!!!」って叫び出したりして、それ見てウチの両親がゲラゲラ笑い出すと、更に調子に乗って服を脱ごうとしたり、何故か筋トレ始めようとしたりで、俺とヒトミの二人掛かりで押さえてなんとか大人しくさせる始末だった。

 酔っぱらった体育会系、マジで厄介。恋人と家族を会わせたときに起こりうるシーンとしては、もっとも最悪な状況では無かろうか。



 結局この後、ミキはダウンしたので縁側で寝かせておいた。


 そんな、家族の前で酔っぱらって大騒ぎして寝てしまう恋人のミキを見て、ウチの両親がしていた会話が印象的だった。



「ミキちゃん、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったみたいね」


「ミキさんはきっと大物になるよ。 恋人の家で酔って愛を叫ぶなんて、肝が据わってるよ」


「でも、ヒロキにはそれくらいの娘さんのが丁度良いんじゃない?」


「ああ、ミキさんとヒロキはお似合いだと思うよ」 




 両親のこの会話を聞いてて、何故か俺は「ああ、きっと俺は、このままミキと結婚するんだろうなぁ」と、初めてミキとのこの先の将来を意識した。




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