#34 元気が無い理由
ホームに降りてからもミキは黙ったままだったので、「まだ体調悪い? キツくなったら直ぐに言ってね?」と声を掛けると、「うん、ごめんね」と返事をしてくれたが、やはり元気が無いまま。
直ぐに列車がやって来たので乗り込み、二人分の荷物を棚に上げて座席に腰を下ろしてから、「しんどいだろうから寝てていいよ」と声を掛けると、「うん」と言って俺の左腕に自分の腕を絡ませ肩に頭を預ける様に身を寄せてきた。
しばらくそのまま電車に揺られていると、ミキが眠った気配を感じたので表情を覗うと、目を瞑ってスゥスゥと静かに寝息を立てていた。
左腕にミキの体温を静かに感じながら、どうやったらミキを元気づけられるかを考えていた。
ミキが元気無いのは、二日酔いでの体調不良もあるだろうが、昨夜の酔っ払っての失態が一番の原因だろう。 友達や仲間内なら兎も角、恋人の家族の前でっていうのが大きいと思う。
体育会系の部活でキャプテンを続けていたミキは、人一倍責任感が強い。
そんな自分が、彼氏の親や年下の妹たちの前で調子に乗って失態を晒したことに、自分を責めているのだろうか。
もしかしたら、この失態で自分は嫌われてしまったのではないか?と不安なのかもしれない。
実際のところは、ウチの家族は誰もミキに対して怒ったり軽蔑などはしていなかった。
体調の心配してはいたけど、誰もが口を揃えて「また遊びに来てね」と言っている。
社交辞令も含まれるだろうが、父さんや母さんの口ぶりから、息子の恋人として完全に受け入れている様に聞こえた。
恐らくミキにもそれくらいのことは分っているとは思うけど、だからと言って失態の後ではそれを鵜呑みに出来ないのも理解出来る。
こういうのは、時間の経過とともに嫌な記憶が薄れるのを待つしかないだろう。
いわゆる黒歴史ってヤツだね。『旅の恥は掻き捨て』とも言うし、忘れるのが一番。
窓の外を流れる田舎の景色を眺めながらそんな風に考えていて、ふと別の事にも気付きがあった。
あれだけ、恋人と家族を会わせることに苦手意識があったのに、それをすっかり忘れて、ミキが家族に気に入られた事を当たり前の様に受入れ、そのことを嬉しく思っている自分に気付いた。
昨夜の両親の会話を聞いた時も、確かに俺は嬉しかった。
他人にとっては大したことでは無いのだろうけど、俺にとっては我がことながらちょっぴりショッキングな変化だ。
◇
乗り換えの駅に着く直前にミキを起こして、自分のリュックを背負いミキのキャリーバックも俺が持って列車を降りて、乗り換え先のホームへの移動。駅構内を移動中はずっと空いた方の手でミキと手を繋いで先導した。
人込みの中をこうやって歩いていると、普段世話焼きタイプのミキが逆に俺に世話焼かれてる状況が少しだけ可笑しくて、意気消沈しているミキとは対照的に、自分がニヤニヤしているのが分る。
リュックとバックの大荷物を抱えニヤニヤしながら女の子の手を引いてる男。
我ながらキモイなと思うけど、ミキには表情が見えないから、一応セーフだろう。
乗り換えの列車に乗ってからも、先ほどと同じように「寝てていいよ」と言うと、「うん。でももう大丈夫」と返事をしてくれ、今度は手を握りしめてきた。
「寝たら少しは元気になった?」
「うん、ありがとね」
「あんまり気にするなよ? お酒での失敗なんて、誰だって経験することだし。 若いうちにそういう失敗を経験して、自分の飲める量を理解したり飲んでも良い時と場所を選ぶ様になるって言うし、ミキの場合なんて家の中での話で、失敗なんて呼べるほどでも無いと思うよ」
「うん…、でも、沢山心配かけちゃったし、迷惑も…」
「誰も迷惑だなんて思って無いよ。気にし過ぎだって」
「そんなこと言ったって…、彼氏にトイレのお世話させるなんて…、消えて無くなりたいくらいハズいよ…」
あ、ソッチか!
てっきり俺の家族に対しての申し訳無さが落ち込んでる理由だと思ったのに、トイレでおしっこの介助させたこと気にしてたのか!
予想と違ってたことに安堵する気持ちもあって、思わず「プッ」と噴き出すと、泣きそうな表情で睨んできたので、慌てて「ごめんごめん。そんなこと気にしなくて良いのに。体調悪ければ世話焼くのなんて当たり前でしょ?ミキだって俺が熱出してダウンした時に世話焼いてくれたじゃん」とフォローした。
「でも、いくら体調悪くてもはしたないでしょ? 私、もうお嫁に行けないよ…」
うーん
勿論恥ずかしい気持ちは分かるけど、セックスしたり一緒にお風呂に入る仲だしなぁ
正直言うと『そんなことで?』っていうのが俺の本音なんだよな。
むしろ、俺としては『それだけミキは俺に対して全幅の信頼してくれてて、頼って貰えるだけの男としてみられてるんだ』と喜びすら感じるし。
でも、どうしたらミキの気持ちを宥めることが出来るんだろ。
「ミキのオシッコする姿見れて嬉しいよ」と言うのも全く違う話になるし、ミキにとっては非常にデリケートな話なので茶化すのは逆効果だろう。
うーん…
「嫁の貰い手なら、俺が居るじゃん」
「え…」
「いや、お嫁に行けない心配する必要ないでしょ?って言ってるの」
「でもそのヒロくんに恥ずかしい姿見せちゃったから、ヒロくんのお嫁さんにはなれないって話で」
「俺が全然気にしてないのに、なんでそんな風に決めつけるの?」
「だって…」
「じゃあさ、例え話するけど、俺達が結婚してお互い爺さん婆さんになった時にさ、俺が介護必要になったらミキはどうする? 俺のこと見捨てる?」
「見捨てないよ」
「俺も、ミキが婆さんになって介護必要になったら介護がんばる。 で、その気持ちは今も同じ。体調崩してトイレの介助が必要だったら俺が手伝うのは当たり前のこと。ミキのことを心配こそするけど恥ずかしいとかみっともないとか全く思って無い」
「うん…」
「ミキは、もし俺が体調不良で嘔吐したり腹下したりしたら、汚いって近寄らなくなる?」
「そんなことしないよ」
「だからお互い様でしょ? ミキだからこそ他の誰かとは違って、そこまで出来る訳だし、そこを気にして恥ずかしいから結婚出来ないとか言われちゃったら、俺としては「じゃあどうすれば良かったんだよ!」って立つ瀬が無くなるでしょ?」
「ヒロくん、ホントに軽蔑してない?」
「勿論」
「ヒロくん、私と結婚してくれるの?」
「もちr…」
あ…
思わず「もちろん」って言いそうになったけど、俺たち別に結婚の約束した婚約者じゃないんだよな…
ネガティブな気持ちを何とか前向きにしたいと思って、深く考えずに結婚の話とかその先の爺さん婆さんになってからの話しちゃったけど、無自覚に暴走しちゃってたな。
「ねぇ、私と結婚してくれるの?」
横に座るミキの表情を見つめると、期待と不安が混ざった様な表情で俺を見つめ返している。
何か返事をしなくては…
「俺で良いの?」
『結婚してくれ』って言えば良いのに、ここに来てビビった俺は結論を相手に委ねる逃げの一手に出てしまった。
案の定「私がヒロくんに聞いてるの!」って怒られた。
「将来的には…、そうなれたら、いいかな?とは思うけど…」
「うん?」
「だから、その、ミキとは結婚したいと思ってます…」
「ホントに?」
「うん」
「うふふふ。うふふふふ」
さっきまで落ち込んでたのがウソみたいに元気になりやがった。
まぁ、ミキとの結婚を意識してるのはホントの事だし、いいんだけど…。
ただ、公共の電車の中で他にも乗客いっぱい居て誰が聞いてるか分からない状況で、結婚の意思を白状するというのは、この上ない恥辱プレイな訳で。
「うふふふ♪」
まぁいっか…
ミキが元気になってくれたのなら。
「ヒロくん、顔真っ赤だよ?」
「誰のせいだよ!」
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