第29話 涙はまだ
火葬場。
月楽寺息子の声が響く。
相変わらず声は良い。だが、ときどきフフフ~ン的な言葉が混じるのは、忘れた部分をハミングで誤魔化しているだろう。お前!!
意味が分からないからって、適当な仕事をするんじゃない!!
お母さんは、涙にくれていて気づいていないし、とてもそんなクレームを僧侶に申し出る雰囲気ではないから、我慢する。
――チーン。
おりんを鳴らして、お経は終わる。
お爺ちゃんの棺は、火葬場の職員さんの手で骨になるために運ばれる。
もう、これで本当に最後。
この世から、『お爺ちゃん』という姿の物体は、消えてなくなるのだ。
後に残るのは、その僅かな痕跡である灰と骨。
私に耐えられるのだろうか? お母さんは、もう泣き崩れていて、おじいちゃんだった骨を見る勇気なんてなさそうだ。
お母さんを支えながら、私は覚悟を決める。
「しばらくの間、控室でお待ちください」
丁寧に頭を下げる職員さん。
私達も頭を下げて、「よろしくお願いいたします」を振るえる声で絞り出す。
私の鼻先にこみあげてくるのは、涙のかけら。
駄目だ。駄目だ。しっかししなきゃ。
お母さんがこんななのに、私がボロボロに泣いてどうする。
でもね。だってね。
お爺ちゃんは、もうこの世から消えるんだ。
一週間前はあんないに元気だったのに? 何がどう間違えてこうなった?
何がどうだったら、まだのん気に笑いあえていた?
そんなどうしようもない問いが、何度も何度も頭を駆け巡る。
どうしようもなくこみ上げる涙に負けそうになる私。
その耳に聞こえてきたのは、
――グウウ……グググウ
月楽寺息子の腹の虫だった。
ほんっっとうに、この僧侶は、どうしようもない!!
私がキッと睨めば、月楽寺息子は、頭を掻いている。
「いや、今日はさ、朝早かったし……」
「そうですよね……では、控室で昼食にしましょう」
穏やかに野々宮君が、皆を促す。
野々宮君が慣れた様子で、火葬場の控室へ皆を促す。
目の前に置かれているのは、葬儀社が用意してくれたお弁当。
私の分と、お母さんの分と、月楽寺息子の分。
「あれ? 野々宮君は食べないの?」
「お客様と一緒に食べる訳ないだろう? 俺たち葬儀社の職員は、自分達で買ってきたコンビニ弁当だ」
「え、でも、一緒に食べようよ」
私とボロボロに泣きじゃくるお母さんと、いまいち僧侶らしさに欠ける月楽寺息子。この三人で食事は、結構辛い。
野々宮君達がいなければ、困る。
そもそも火葬場にいるというこの状況で、私に食欲なんて湧くわけもないし……。
「しょうがいないな……」
私の不安な気持ちを察してか、野々宮君が渋々了承してくれる。
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