第26話 ののかちゃん

 小さな子の言葉に、お母さんが優しくなだめている。


「もうちょっとね。ほら、お爺ちゃんにお別れ言わないと」

「でも、ののかは、会ったことないよ? あのお爺ちゃん」

「そうね。でも、ののかちゃんのお爺ちゃんなの」


 ん? 

 聞こえてきた会話から察するに、ひょっとして禄朗伯父さんの奥さんと娘さんではないだろうか?


「あの……ひょっとして禄朗伯父さんの……」


 私の言葉に、ピクンと女の人の肩が揺れる。


「あ、あの……何のことだか……」

「お姉ちゃん、お父さんの知り合い? 禄朗はお父さんの名前だよ!」


 目を輝かせてニコリと笑う幼女。幼女は最強だ。可愛い。

 観念したのか、とぼけようとした奥さんらしき人は、「そうです」と肯定する。


 ということは、この可愛らしい女の子は、私の『いとこ』ということになる。


「名前は?」

「ののか!」


 素直で良い子だ。

 ゆっくりお話したいが、焼香の順番は、月楽寺のビートのお陰てサクサク回ってくる。ののかちゃんを促して、禄朗伯父さんの奥さんは、焼香をすませるとさっさと会場を出ようとする。


 ここで話さなければ、次に話す機会はない気がして、お爺ちゃんの焼香もそこそこにして、慌てて親子の後を追う。


「ま、待ってください! 教えて欲しいことがあるんです」


 懸命に追いかけてきた私に、奥さんは戸惑った表情をみせている。


「お姉ちゃん、お話があるみたいだよ? お話はちゃんと聞こうねってお母さんいつも言っているでしょ?」


 ののかちゃんの言葉に、奥さんは観念する。


「主人には内緒で出てきたので……」


 奥さんに促されて私達は人目につかない路地に入る。


「私、お爺ちゃんの孫で……」

「舞ちゃんでしょ? 大丈夫よ、その辺は知っているわ」

「そう……ですか」


 禄朗伯父さんから聞いているということだろうか。


「禄朗は、怒っていないわ。なんか、折り鶴を見て、しんみりしていたけれども」

「折り鶴……そう、あの折り鶴って、何なんですか?」

「ふふ。気になっていたのは、そのことね。でも、残念。私は知らないの」


 奥さんでも知らないんだ。

 でも、まあ、そうだよね。奥さんだからって、全部を知っているとは限らない。


「怒っていないなら、告別式も来てくれたら良かったのに」


 禄朗伯父さんが来てくれたら、亡くなったお爺ちゃんもきっと喜ぶ。


「そうよね。でも、人のうわさ話は苦手な人だから」


 噂になりたくない。それは、分かる。

 この田舎情報ネットワークの張り巡らされた場所には、来たくなかったのだろう。


「でも、一目だけでも、ののかの顔を見せてあげたくて」

「ありがとうございます」


 生前に会うことの出来なかった孫のののかちゃんの顔。

 告別式に来てくれたことで、お爺ちゃんが見てくれていたら良いな。


 お腹空いたとぐずり出したののかちゃんを連れて、禄朗伯父さんの奥さんは、帰っていった。


 二人を見送って告別式の会場に戻った私は、ありえない光景を目にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る