第23話 通夜の後

 通夜が終わってようやく家にたどり着く。

 昔は、遺族はそのまま葬儀場に泊って、お爺ちゃんに捧げた線香が絶えないように見張っている必要があったらしいのだが、ありがたいことに、今回は葬儀社の方で責任を持ってやってくれるらしい。


 助かる。


 あれほどバタバタと走り回った後だし、私もお母さんも、もうヘトヘトだ。

 交代で夜通し起きて、線香の見張りをしておくなって、無理難題もいいところだ。


 交代でさっさとお風呂に入って、ヤカンでお湯を沸かして、二人分のカップ麺。

 お母さんも私も、ゲストへのお茶出しやお寺への対応で、ご飯なんて食べられなかった。


 空腹に、温かい麺は、本当に嬉しい。

 インスタントだろうが何だろうが、とても美味しく感じる。


「不思議よね」


 お母さんが、周囲を見渡してそうつぶやく。


「こんなにお爺ちゃんの物がそのまま残っているのに、本当にもう帰ってこないんだ」


 お母さんの言葉。

 私もそれは思った。

 まだ、部屋のいたるところにお爺ちゃんの痕跡が残っている。

 食器置き場には、お爺ちゃんの端と茶碗。お気に入りのコップ。下駄箱には、お爺ちゃんの靴。洗濯物には、お爺ちゃんのシャツ。生活していたそのままの痕跡。ただ、お爺ちゃんだけがいない。


「お爺ちゃんのことだし、『本気にしやがったな! 騙されおって!』なんて笑いながら物陰から出てきそうだよね」

「そうよね。あ爺ちゃんなら有りうる」


 私とお母さんは、二人で笑い合う。

 でも、二人とも、そんなことは現実にはあり得ないことは、頭では理解している。

 

「明日……明日は、お爺ちゃんを焼き場に連れて行って……」

「うん。それで、お爺ちゃんを家に連れ帰って、仏壇に飾るの」


 チラリと見る仏壇には、お婆ちゃんの位牌。

 その前に、お爺ちゃんの遺骨を、お墓にいれるまでの間は置いておくことになる。


「天国で、お婆ちゃんに会えるかな?」

「会えるでしょ。だって、同じお墓に入れてあげるんだし」


 そこまで見送るのが、私とお母さんの役割。

 私達がしっかりしなければ、お爺ちゃんは安心して、お婆ちゃんの元へ行けない。


「明日、明日は忙しいし。明日も頑張らないとだし。ね、これ食べたら、もう寝よう?」


 お母さんの背を撫でて、私はお母さんを励ます。

 きっと、お母さんは、私よりも辛いはず。

 お爺ちゃんとの思い出は、私よりもずっと多い。実の娘だもの。


「そうね。そうよね。しっかりしなきゃね」


 どちらかと言えば、しっかりの反対、おっとりした性格のお母さん。

 だけれども、これからは、この家の家長はお母さんになる。お爺ちゃんがしてくれていた事が、全部お母さんの肩にのしかかってくる。


 もちろん、私も手伝うけれども、お母さんの心は不安でいっぱいだろう。


「これからは、私がお母さんをもっと支えるから。ね……?」


 私の言葉に「ありがとう」とお母さんは小さな声で返した。 

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