第22話 親友

 これ……何人いるんだろう。


「ねえ、これ何人前頼んだの?」

「ざっと三十人前」


 さ、三十人前。これにドリンクまでついてくる。後で請求される金額を思えば辛い。いやいやいやいや、これは、お爺ちゃんとの最期のお食事だから! 皆、それぞれの形でお別れをしてくれているのだから! プライスレスだから!!


 ご近所のお年寄りが入れ替わり立ち代わりやってきて、少しずつお寿司をつまんで帰っていく。

 居座ってゲラゲラ笑って食べまくる人もいれば、「また……寂しくなるわね……」そんなしんみりしたことをポツリとこぼして、一口だけ口にして、帰っていく人もいる。


 みんな、お爺ちゃんの友達や知り合い。

 お爺ちゃん、こんなに顔が広かったのか……そりゃ、当然よね。お爺ちゃんの八十年の人生は伊達じゃない。


 ふと、お爺ちゃんが安置されている式場の方をみれば、あの骨董品店の店主が、祭壇の前でじっと手を合わせてたたずんでいた。

 そうだ。骨董品店のお陰で、月楽寺さんへのお布施を払えたのだ。

 お礼を言わなければ。


 そう思って私は、式場に入ろうとして、入り口で足を止める。


「悪い冗談だぜ……次郎」


 小さな声だけれども、私の心にも、しっかり届いた。

 仲良かったんだよね……お爺ちゃんと。


 骨董品店の店主は、じっとお爺ちゃんの遺影を見て、「じきに俺も行くさ。その時には、また……なあ……」と語りかけるが、言葉は詰まって出てこない。


 声を掛けられない。

 こんな風に、一人でひっそりとお別れを言っている人の邪魔なんてできない。


 私は、そっと式場を離れ、食事会場に向かう。


 陽気に見えても、喪服を着たこの人達は、この人達なりにお爺ちゃんを見送ってくれているのだ。


 パタパタと走り回って働いていると、お爺さんに話しかけられる。


「なあ、折り詰めないか?」

「え? 折り詰めですか?」

「そう。次郎との最期の食事。来れなかった寝たきりの女房にも食わせてやりたい」


 その気持ちは、とても分かるが……でも、いいのだろうか?

 お寿司は、お家に持って帰ったら、痛んでしまう気がする。


「残念ですが、生ものですから、お持ち帰りはご遠慮いただいております。お渡した香典返しに、お茶が入っておりますので。それを奥様とお楽しみください」


 戸惑っている私の後ろから、野々宮君の声がする。


「ああ、そうだね。それでいいね」


 どうやら納得してくれたみたいだ。良かった。

 

 つ、疲れた……。

 よく考えたら、私、全然食事取っていなかったよ。

 帰ったらカップ麺でも啜ろう。


 月楽寺さんが会場から帰るのを見送ったお母さんが、小さな包みを持って食事会場に戻ってきた。


「お母さん、何それ?」

「さあ? 受付にポンと無造作に置かれていたから、回収した方がいいかと思って持ってきたのだけれども」


 なんだろう? まさか……爆弾? いや、それは流石にないか。

 おそるおそる包みを開けてみれば、そこには、私が骨董品店に持っていたはずの茶碗が入っていた。


 骨董品屋さんが、私に返してくれたのだろう。

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