第20話 通夜とは、お参りだけではない

「野々宮君も知っていたの? お爺ちゃんの駆け落ちの話」


 私が知らなかっただけで、ご近所では有名な話なのだろうか?

 こんな片田舎だ。「駆け落ち」なんて大事件、噂にならない訳がない。

 ごみの捨て方が雑なだけで、ずっと話題になるような平和な地域だから、きっと当時は、とんでもなく大きな話題になっていたことだろう。


「いいや。さすがに昔過ぎて知らない。でも、カネさんの葬儀の時、親族に次郎さんが追い返されたのは見た」

「その時、禄朗おじさんは?」

「禄朗さんが家に帰っている時にきたから……今思えば、禄朗さんがいない時を狙って、次郎さんは来たんだろうな」


 カネさんの葬儀の時、お爺ちゃんは「許してはもらえませんでしょうか」と親族に申し出たのだそうだ。しかし、「今更! カネさんの心労の原因はあんただし、娘の

佐和だって、あんたが連れ出さなければ、もっと長生きしたかもしれない」親族は憤っていたのだそうだ。


 残酷な、たられば話。実際には、佐和さんは、家にいたところで、体が弱かったわけだし亡くなっていたかもしれない。でも、そんなの立証はできない。 

 お爺ちゃんとしては、ここで和解して、禄朗さんとも会えるようになりたかったのだろうけれども、その試みは失敗した。


 お爺ちゃんは、カネさんが亡くなった後も、禄朗さんに会えないままだったのだ。

 

 つい、禄朗さんの出て行った受付の硝子戸を見つめてしまう。

本当は、生きている時に会いたかったよね。実の息子だもの。話したい事もたくさんあったよね。

 間に合わなかったけれども、今日、あの封筒と折り鶴を渡せて良かった。


「おい、ぼーっとするな。そろそろ食事の用意だ」

「少しは感傷に浸らせてよ。お葬式なんだから!」

「仕方ないだろう? スタッフ代を極限まで削って欲しいって言ったのはそっち!! ウチだってギリギリの経営で頑張っているんだ!」

「分かっているわよ!!」


 そう。今日の私は、親族でありながら、この葬儀社のスタッフでもある。

 今から、通夜に来てくださった皆様にお食事を振舞わなければならないのだ。

 この食事は、亡くなった人との最期の会食の意味があるらしい。

 本当に親しい人のみで食べる地域もあるらしいのだが、この辺りでは、食事の対象者は、通夜参加者全員。それはそれは、大人数になる。


 私としては、お気軽に帰っていただいた方が料金も安くなるし、楽で助かるのだが、この地域では、この会食を食べずに帰ることは、基本許されない。……と言っても、禄朗おじさんは帰ってしまったのだが。

 まあ、帰るよね。

 噂話になんてされたくないだろうし。 


 メニューは出前の寿司。

 野々宮君の話では、十年ほど前は、この地域では、自分達で作った煮物や吸い物も振舞っていたそうだから、ずいぶん手間は減った。

 何十人分もの吸い物や煮物……そんなの用意していられない。


 吸い物に入れる豆腐は三角に切るとか、独特の作法があって、とても面倒くさい仕事だったらしいから助かる。

 なんだよ。三角って。三角に切った豆腐が浮いている吸い物なんて、初めて聞いた。そんなの悲しみの最中の親族に用意させる発想がもう分からない。


 とにかく、これから私は、出前の寿司を皆のいる広間に運んで、お茶を淹れ続けるのだ。

 月楽寺さんは、控えの間で食べるから……ああ、そちらにも運ばなきゃならない。





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