第18話 レッツ通夜

 ファンキーな僧侶が、正確なビートで木魚を叩く。


 鼻ピアスと派手な髪型は気になるが、ちゃんとした墨衣を着ていれば、あの月楽寺・息子でも、ちゃんとした僧侶に見える。

 『DEATH』Tシャツのままでなくて良かった。


 月楽寺・息子が届けてくれた位牌には、お爺ちゃんの戒名が書かれている。

 『智光院優心次郎居士』

 

 戒名の意味なんて分からない。

 でも、なんだか立派な名前。見ていれば、ちょっとお爺ちゃんが遠い存在になってしまったんだって気になって、涙がにじむ。


「休憩している時間は無いぞ! 安くするためにスタッフは減らしているんだ。お前が働くんだろう?」


 そうでした。

 野々宮君の言う通りだ。

 ここで泣いている暇は、私には無い。


 お母さんは、喪主としてお爺ちゃんの傍にいてお客様の挨拶を受け取る役割がある。私は、受付に立ち応対して、暇が出来れば、控室に入ってお客様にお茶の一つも出さなければならない。


 来た……。


 ライブで鍛えた月楽寺・息子の良い声のお経が響く中で、姿を現したのは、禄朗おじさん。

 一応、黒い服は着ているが、とても不機嫌そうな顔。


「何か見つけたか?」


 何も無かっただろう? そう言いたそうな口調。

 私が、ごめんなさい。と、頭を下げるのを期待していそうだ。


「これだけ……これだけは、見つけました」


 私は、恐る恐るお爺ちゃんの部屋で見つけた封筒を差し出す。

 封筒を見て、禄朗おじさんの眉がピクリと震える。


 私の知らない『長崎 カネ』さんに心当たりがあるのだろうか?

 チラリと封筒を見た野々宮君が、「へえ……」と、つぶやく。


 何? 『長崎 カネ』さんのこと、野々宮君も知っているの?

 ……まあ、葬儀屋さんだから、近隣のお年寄りの情報には詳しいのかな?


 手紙と一緒に、カサリと落ちた折り鶴を、禄朗おじさんは、クシャリ、と握りつぶしてしまった。


「わ、ちょっと! それはお爺ちゃんの大切していたものなんです! 骨董品で埋め尽くされて雑然とした部屋の中で、大切に引き出しにしまわれていた物! 何が気に入らないのかは知りませんが、そんな風に粗末に扱わないで下さい!!」


 禄朗おじさんが突っ返してくれば、お爺ちゃんのお棺の中にいれてあげようと思っていた。『長崎 カネ』が何者なのかは知らないし、その折り鶴の意味も知らない。

 でも、大切にしていたのなら、天国に持っていきたいだろうと思ったのだ。


「これを親父がね……」


 禄朗おじさんの顔に、微妙な笑いが生じる。

 これは、呆れているのか、それとも、ちょっと溜飲が下がったのか……。


「まあ、いい。引き下がってやらぁ」

「……ぜひ、お参りしていってあげて下さい」


 チッと、舌打ちしながらも、禄朗おじさんは、参列者に混じってお爺ちゃんに大人しくお参りして、香典まで置いて帰っていった。

 

 

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