第17話 通夜の始まり

 決戦の日は、ドンドン近づく。

 本日は、メインイベントであるお葬式の前哨戦。


 『通夜つや』なのだ。


 亡くなった人の傍で夜を過ごし、最後の会食をする。

 それが通夜なのだが、お葬式に来られない人が、この通夜のみお参りに来る場合も多い。特に、近年は、昼間は働いているから、お葬式に来られない人が訪れることも増えているのだという。


 ほら……言っている傍から。


「次郎さんが亡くなったって聞いて! ほら、おばちゃん昼間は仕事しているでしょ? どうしても、突然休むことができなくって! 前もって言ってくれればいいのだけれど!」


 えっと、誰だっけ? 

 たしか、民生委員をしているおばちゃんだったような気がする。


 てか、前もって言うなんて、無理に決まっていると思うのだが。

 だって、これは結婚式ではない。突発的に発生し、猛威を振るう、それがお葬式なのだ。


「どうもすみません。こちらも突然のことでバタバタしておりまして。皆様への連絡も滞ってしまいました」

 

 お母さんが建前でバリアした言葉で慇懃いんぎんに謝る。

 本当は、誰にも知られない内にお葬式を終えてしまって、やり過ごしたかったのだけれども。私の失敗で情報は漏洩して葬儀せんじょうは大混乱している。


「いいのよ~。大変だったわよね! 気をしっかりね!」


 お母さんの建前バリアに対して、おばちゃんはにこやかにやり返す。

 にこやかって……もっと葬式って、しめやかに行われるものではないの?

 そこで文句を言っても仕方ない。

 私は、黙って受付で皆の名前を記帳してもらう。


「この度は……ご愁傷さまです」

「突然のこと、ご心痛でしょう」


 様々な人が、お爺ちゃんが亡くなったことを悼んでくれる。

 辞退しようとしても、皆、香典を渡してくるので、断わり切れない。

 葬儀社が急遽用意してくれた香典返しを受付で渡す。

 これで、後から何かを個別に送る手間は省けたはずだ。


「導師様が来られましたね……」


 野々宮君の言葉に顔をそちらへ向ければ、真っ赤なスープラが一台駐車場に止まるのが、硝子越しに見える。


 えっと、あの車? なんだか、お坊さんのイメージとは違うな。

 中から出てきたのは……息子さんの方だ……。


「俺、月楽寺! 分かる? いや~! 親父がさ、突然ぎっくり腰で動けなくなっちゃたからさ! ライブの後で急いできたわけ」


 緑と赤に染められたモヒカン。鼻ピアス。

 革の黒いズボンに『DEATH』という髑髏のイラスト入りのTシャツ。ジャラジャラと鎖がついている。

 人は見かけて判断してはいけないとは思うのだが、とても僧侶とは思えない姿。『DEATH』Tシャツは、駄目だろう。ここは、葬儀会場だぞ?


「導師様、本日は、忙しいところありがとうございました」


 野々宮君が、頭を下げる。腕をつつかれて、慌てて私も頭を下げる。


「んっじゃ! 着替えてくっから控室案内してよ!!」


 野々宮君が、月楽寺の僧侶を控室に案内する。

 私は、不安いっぱいに、僧侶の姿を見送った。 









 


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